白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

28. 守りたかったもの

 約束の時間を前に、オードリーの案内で屋敷内を歩く。


 こちら側へ来るのは初めてだった。

 屋敷内の全体像を把握できてはいないけれど、来た時に外から見た形と重ね合わせて考えるとロゼリエッタの部屋は玄関を中心にして右側にある。

 それを今は一階へ降り、ダイニングや図書室に繋がる通路には曲がらずに真っすぐに進んで来ていた。要するに、屋敷の左側へ向かっているということだ。


 廊下の壁の左手側には大きな窓が等間隔でつけられており、花々の咲く庭が見えた。

 ふと、シェイドがいる時であれば庭に出ても良いと許可をもらっていたことを思い出す。

 でも今は二日続けて"お願いごと"を聞いてもらっている。今さら日を空けたところで何が変わるとも思えないけれど、次のお願いごとをするには少し気が引けてしまうのも事実だ。

「ロゼリエッタ様?」

 足を止めてしまっていたらしい。オードリーが心配そうに振り返った。

 何でもないと首を振って再び歩きはじめ、窓の外に見えた景色に視線が向いた。

(あれは――)

 庭のずっと奥、おそらくは屋敷を囲む外壁のさらに向こうだろう。白亜の尖塔が遠く見えた。

 明かり取りの小窓がいくつも並ぶ円形の建物に灰青色の屋根を持つ佇まいは、ロゼリエッタにも見覚えのある形だった。

 どこで見たものか。

 答えはすぐに浮かびそうな位置まで上がって来ているけれど、あえて自ら考えるのをやめた。

 今はまだ気がつかないままでいたい。

 きっとすぐに、このささやかな幸せの日々も壊れてしまうに違いないから。

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