白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 そうしてオードリーと共に向かった場所は、屋敷の最奥だった。

 入室時に声をかけて邪魔をしない為だろう。両開きのドアは大きく開け放たれている。できる限り物音を立てないよう気をつけて足を踏み入れれば、小さな夜会なら開けそうなほどのホールだった。


 中央では綿を詰めているのか、簡素な人形のような衝立に四方を囲まれたシェイドが細身の剣を揮っている。鍛錬用の模造刀らしく、何の飾り気もなければ刃もついていない。真剣な横顔には汗で前髪が貼りつき、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。

「ロゼリエッタ様、こちらへどうぞ」

 オードリーが小さな声で、ドアから少し離れた場所に置かれた椅子を指し示した。

 導かれるまま椅子に腰を下ろし、再びシェイドの横顔を見守る。


 剣を扱っている姿どころか、帯剣している姿さえ見たことがなかった。

 最後に同席した夜会でも彼はロゼリエッタの婚約者で、王女の護衛騎士ではなかった。

 けれどクロードは、王女の護衛騎士としての役目を選んだ。


 分かっている。それは当然のことだ。決してロゼリエッタが軽んじられているわけではない。片づくまでまだ時間がかかりそうだからと、報告だってしに来てくれた。


 でも本当は、ロゼリエッタだけの騎士になって欲しかった。

 ほんの一瞬だけでいい。

 わがままで子供なロゼリエッタを選んで欲しかった。

「やっぱり、見ていても退屈ではありませんか」

 頭の上に影が差し、顔を上げる。


 いつの間に近くに来たのか、シェイドが目の前に立っていた。

 模造刀を腰につけた鞘に収めた状態で片膝をつき、その動きを目で追えば視線の高さが入れ替わる。

 見下ろした状態で話せば威圧感を与えてしまうと判断してのことなのだろう。

 その体勢は姫君に対する騎士のようでロゼリエッタの胸を高鳴らせた。

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