白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 後を追うロゼリエッタの目は、自然とシェイドの指先に吸い寄せられた。

 日傘を差していなかったら手を繋ぐ為に差し伸べてくれただろうか。

 少し前を歩く横顔を見やり、日傘を差したことを少し後悔した。




 シェイドの母君(・・・・・・・)とされる女性がいつまでここで暮らしていたのか分からないけれど、花々を愛していた女性ではあったらしい。主がいなくなってもその意思を汲んで、長年ずっと細やかに手入れされている様子は一目だけでも見て取れた。

「寒くはありませんか?」

「大丈夫です」

 降り注ぐ日差しも、頬を撫でる風も、沈黙さえも優しく感じられる。


 このまま時が止まってしまえばいいのに。


 そう願っているからだろうか。熱を出したことが嘘のように、体調は普段と変わらず――むしろ普段以上にとても良かった。時折立ち止まっては花に顔を寄せ、その鮮やかな色彩と甘い香りをいっぱいに楽しむだけの余裕もある。


 ロゼリエッタはとうに失ったはずの幸せな風景を、一つも取りこぼすことのないよう懸命に心に焼きつけた。


 間違いなく、クロードと共にある最後の幸せな思い出になると予感があった。


 ずっと思っていた。

 こんな歪な生活は長く続けられるものではない。そう遠くない未来に終わってしまうだろう。そして、具体的な日時はもちろん分からないけれど、もうすぐ"そう遠くない未来"の日が確実にやって来る。


 そして気がついてしまった。

 だから今日のシェイドはクロードであった時のように、それ以上に優しく接してくれるのだと。

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