白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

4. 束の間の慰め

 ホールやサロンを見て回るなんて言ったけれど、気になるものが特にあるわけでもない。ましてや、アイリもついてくれているとは言え、人の多い場所に一人でいるのは考えただけで苦痛を伴う。


 人の多さにもう疲れてしまったと小さな嘘をついている。だから一人で先に帰ると言ってしまえば良かった。

 そうしたら、少しくらいは困ってくれただろうか。引き留めてくれただろうか。それとも、これ幸いとばかりに「気をつけて」の一言で終わってしまうだろうか。

「お嬢様、どちらへ向かわれるのですか?」

「どうしようかしらね。何も考えてないわ」

 相変わらず後ろに控えながらも話しかけて来たアイリに、弱々しい笑みを浮かべて答える。


 華やかな場が苦手だから、夜会用に美しく飾られたホールやサロンにも心惹かれない。ただクロードと一緒にお喋りをして、踊れたらそれだけで良かった。

 夜会が色とりどりの花々が咲き乱れる庭園で開かれていたら、競い合うように咲く花たちが慰めになったかもしれない。でも庭園に行けば、ホールとサロンを出ないという約束を破ることになる。そうしたら異性として好かれていないだけではなく、かろうじて残されている妹としての信頼すら失ってしまうだろう。


 ロゼリエッタにだって、仲の良い令嬢がいないわけではない。けれど彼女たちを探し出そうという気も、仮に偶然会ったとしても話しかけるだけの社交性もなかった。

「ロゼ?」

 ホールに繋がる通路の端で、壁にかけられた大きな風景がを眺めるふりをして立ち尽くしていると名前を呼ばれた。

 ロゼという愛称で呼ぶ人物はさほど多くない。すぐにごく限られた人々の記憶の中から聞き覚えのある声の持ち主を見つけ、ロゼリエッタは顔を向けた。

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