白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
おまけ話

マチルダ・グランハイムの最初で最後の恋

諸事情で本編から削った、クロードの両親のマチルダとアーネストの馴れ初め話です。

本編を先にご覧になって下さった方はご存知のように、この二人は最終的に悲恋となります。それでもよろしければご覧下さい。





『お父様、お母様、お兄様。本当に申し訳ありません』

 あの人の青みがかった緑の瞳を淡くしたような色合いの便箋に、決して涙を零すまい。

 左手で何度も涙を拭いながら、マチルダ・グランハイムは週に一度家族に送る手紙を(したた)めた。





 マチルダは幼い頃から、刺繍を嗜むよりも勉学に励んで知識を得ることにやりがいを見い出すような子供だった。

 そして自分が"貴族令嬢らしからぬ令嬢"と陰で称されていることも知っている。実家が格式ある大貴族だから表立って言われることもないし、かなり言葉を選んではいるのだろう。それを原因に悪評を立てられることもなく、ただどこか遠巻きに、それこそ歯に衣着せずに言うのなら腫れ物に触るような扱いを受けていた。


 隣国への留学が許されたのは、十六歳を迎える春のことだ。

 文化のまるで違う国での暮らしは意外とマチルダに合っていたらしく、毎日がとても楽しかった。友好関係があるとは言え、さすがに年頃の娘一人を他国に送り出すことに難色を示していた母を安心させる為、手紙も毎日のように書いた。

『お父様、お母様、お兄様。いかがお過ごしですか。わたくしは毎日とても充実した生活を送っています』

 書きたいことは後から後から溢れて来て、用意していた便箋もすぐになくなった。

 知識を得ることはとても楽しい。意思を尊重して送り出してくれた両親や兄には感謝の気持ちしかなかった。


 人生で初めて誰かに眉を(ひそ)められることもなく、好きなだけ学びたいことを学んで吸収する。

 そんなある日のことだった。

「気になる本がある?」

 図書館の隅で自分の背よりもずっと高い本棚の最上段を見上げていると、突然後ろから声をかけられた。

 まさか急に話しかけられるなんて思ってもみなくて、驚きながら振り返る。そうして見た声の主の顔に、さらに驚きで目を(みは)った。

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