白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「それでね、お兄様ったらジャムと間違えてバターを紅茶に」

 サロンへ戻り、ダヴィッドを相手に兄の失敗談を話すロゼリエッタの目にクロードが見えた。

 ロゼリエッタを探しているのか辺りを見回しながら歩いている。先に気がついた自分から近寄った方がいいのかもしれない。そう思って立ち上がったものの、ほんの二、三歩進むのが精一杯でその先は両足が竦んでしまって動いてはくれなかった。

「クロード様……」

 婚約者の元へ無邪気に駈け寄る可愛げもない。もっとも、今この場でその胸に飛び込む勇気があったとしても、素っ気なく引き離されてしまうのだろう。

 そうこうしているうちにロゼリエッタを見つけ、近くへやって来たクロードに意を決して口を開く。

「もう西門での件は解決なさったのですか?」

「いや。まだ終わってないけど、君をずっと一人にはしておけないから少し時間をもらったんだ」

 抜け出して来てくれて嬉しい反面、今のクロードにとってどちらを優先させるべき事柄なのかが改めて分かってしまった。そんなことは最初から分かってはいたけれど、事実を突きつけられることは何度経験しても胸が鈍く軋む。

 子供のロゼリエッタも駄々をこねるのに疲れたのだろうか。沈み込む気持ちを抱えてしょんぼりと項垂れているから、大人であろうとするロゼリエッタは取り繕う為に無理やり笑みを浮かべる。

「急な事情があったとは言え、ロゼみたいな可愛い女の子を一人にするのは感心しません。すでに婚約者がいるということを知らない若い令息たちが何人か、いつ声をかけようかタイミングを窺っていましたよ」

 割り込むようなダヴィッドの言葉に、ロゼリエッタは彼を見上げた。

 そんな気配があったとはとても感じられなかった。だから、クロードの心配を煽るつもりでわざと嘘をついたに違いない。

 でもクロードがそれで心配してくれるのだとしても婚約者としてではなく、兄としてなのだと思った。

< 29 / 270 >

この作品をシェア

pagetop