sugar spot
もう本当に、きっと後ちょっとで
エレベーターは辿り着いてしまう。
『冷静に考えて、
2人で行くのは、リスクしか無いだろ。』
その時、いつかの男の言葉を思い出したら、少しだけ心が固くなって、それは「怖い」にも繋がった。
だけどちゃんと、確認しておきたい。
もう、後から気持ちのズレを知るのは嫌だ。
「有里」と改めて名前を呼ぶと、
従順に視線をぶつけられる。
「それは、2人で行く…?」
「…どういう意味。」
「リスクとかそういうこと、前に言ってたし、」
嗚呼また、間違えたかもしれない。
「確かにそうだな」と、あっさりこれで
肯定されたらどうしよう。
未だ受けてもいない傷に心が先に痛みそうになる。
恋をしたらこんなに自分の言葉の選択を、一言一句確かめてしまいたくなるなんて、知らなかった。
自分から切り出したくせに反応が怖くて、視線が足元に落ちる。
それを阻止するように「梨木」とまた名前を呼ばれて、きゅ、と私の両手を一回り大きな手が握り直してきた。
さっきまでも触れていたのに、改めて丁寧な動作を与えられて、心臓が煩く鳴る。
「俺はもう二度と言わない。」
「…え?」
「2人は良くないかもとか、リスクがどうとか、
誰かを気にするのも我慢すんのも、やめるから。
お前にも言わなかった?」
「…言った、けど、」
見下ろされる透き通った眼差しに嘘偽りが無いのは
流石に分かる。
だけど、どうしてそんな風に言うのか、
その言葉の裏を、本当は知りたいのに。
「…お前が他に誰か呼んだ方が良いって
思うなら呼ぶけど。」
「……いやだ、」
______2人が、良い。
もう多分、今日というか今週分の勇気は全てこれで使い果たしたと思う。
だけど絞り出してなんとか紡いだ言葉は、紛れもなく、ずっと前から仕舞い込んでいた本心だった。
静寂の中だから辛うじて聞き取れるくらいのボリュームのそれを告げ終えたら、チン、とタイミングよく軽快なエレベーターの到着音が聞こえる。
もう此処に居続けるのは、耐えられない。
ある意味助かった。
「…じゃあ、そ、そういうことだから…!」
語気の荒い別れの言葉を置いて、扉の方へと身体を向けようとすると、それを阻止する綺麗な片手が今度は頬に添えられた。
というより、そんな状況把握は、もう後付けだ。
気づいた時には軽く唇を掠めるように何かが触れて、次に気づいた時には、ちゅ、なんてあまりに可愛らしい音が確かに聞こえて。
呆気に取られた間抜けな私を、どこか満足気な微笑みを携えた男が見下ろしていた。
_____この男、本当に、何を考えてるの。
「、まって、」
「なに。」
そして、先ほどフロアまで上がってきた筈の男が、どうしてだか一緒にエレベーターを降りている。
スタスタと前を歩く長身な男の背中を意図せず追いながら、やっぱり元々広くは無いキャパシティが完全にオーバーしてしまっていた。
「…っ、なんであんたも降りてるの…!?」
「お前どこ行くの。」
「は?」
「どっか行くんだろ。」
「……え、スタバ。」
「じゃあ俺もそうする。」
じゃあそうするって、何。
頭がついていかない。
ハテナを思い切り頭上に浮かべながら、
「や、やっぱりあんた暇なの?」
と尋ねたら、微かに首をこちらに向けた男の眉間の皺が想像以上に深かった。
「暇じゃ無い。14時から古淵さんと現場。
お前本当、ば花緒に改名しろ。」
それだけ告げた男は、また長い足で
恐らく私と同じ目的地へと歩き出す。
なんなの。
馬鹿じゃ無いし。
"私に"付き合ってくれるのかなとか、そういう都合の良い解釈をしないように、こっちは必死なのに。
すらりとスタイルの良さが分かる後ろ姿を睨みながら、それでも先程決まった月末の予定を思い出して。
「…仕事、がんばろ、」
と誰にも聞こえない声で呟いて、その背中を追った。