sugar spot
「私なんか目指す必要、1ミリも無いよ。
あのカタログ事件の時ね、後から知ってびっくりした。」
「え?」
「封筒に、展示会の宣伝POPわざわざ作って
貼ったんでしょう?
梨木ちゃんは、自分の失敗の中でもちゃんと考えて、少しでも良い方向に持っていこうって努力できるんだなって、本当に凄いなあって思ったよ。」
あの時。
ただの自己満足だとしても、何かしたくて。
誰かを巻き込むことはせず、
1人でやり切ろうと決めていたのに。
夜のオフィスで、決して私と向き合うことなく背中合わせに座るくせに、ひたすら作業に明け暮れてくれた男の姿も一緒に思い出したら、ひとりでに落ちていく涙の止め方が、もう分からない。
「展示会の時、気になった。
私が松奈さんと仕事した時のこと出来る限り知りたいって言ってくれた表情が、強張ってたから。
…こんなに、追い詰めてたんだね。
もっと早く会いに来るべきだった。ごめんね。」
どうして。
ちひろさんが謝る必要なんか、ひとつも無い。
涙をこぼし続けてしまっていても、「それは違う」と伝わってほしくて、手で拭いながらふるふると首を横に振った。
「私は、ちひろさんの功績に甘えて、なんとか仕事をこなしてる部分が、とても大きいです。」
情けなくて、だけど確かな事実を告げる。
涙腺と共に言葉を留める栓も緩んでしまったのか、今まで思ってきたことが、スルスルと涙に乗って流れていく。
「え、そんなことないよ。どうしてそう思うの?」
「△社のリニューアルの件だって。きっと、松奈さんのちひろさんへの信頼から、話を私にも回してくださったんだと…」
「あの人は、仕事する上で容赦が無いから
そんな情け、態々かけたりしない。」
優しい声のままに断言してくれた言葉は、
真っ直ぐに届く。
でも展示会の後、松奈さんのところへ挨拶へ行った時、全く好意的な態度は無くて、何一つ成果は無かった。
___私では、やっぱり駄目なのだと。
突きつけられた気がした。
「松奈さんが、梨木ちゃんに案件の話をしたのは"凄く緊張しながら、ちゃんと色々以前の依頼についても調べて挨拶に出向いてくれたから"って言ってた。」
「……え?」
「あの人は、"前にお世話になった会社だから"とか、そんなこと良くも悪くも、考えない方だよ。
その人の仕事ぶりだけで、判断してる。」
柔らかな表情のままに伝えてくれる言葉を、ゆっくり耳に届ける。
拙いアプローチも、無駄なわけじゃ無かったのかと涙でぐしゃぐしゃの顔もそのままに、彼女を見つめた。
「…頑張ってるのに報われないって思う時、あるよね。仕事だけじゃ無いけど。
何のためにやってるのかなとか、意味ないのかなとか、考えても仕方ないって思っても、どうしても考える時がある。
でも、案外。
自分じゃ気づかないような些細なことを、相手がちゃんと受け止めてくれてることも必ずあるんだよ。」
そう思わないとやってられないよねえ、なんて微笑んでくれる彼女が視界の先でとても、ぼやけて見えた。
「……、」
やっぱり敵わない気がする。
だってこんなに、心を救ってくれる。
____嗚呼でも、そうだ。
"この人には敵わないなあ"って、
別に、笑ってしまえば良かったのだ。
誰かの背中を盲目的に追うだけのレースは、
もう此処で止めたい。
止めなきゃ、いけない。
「梨木ちゃんの直向きさは、絶対相手に伝わる。
自分を信じるのは勇気がいるし難しいけど、梨木ちゃんは、その勇気を裏付けできる努力が沢山ある。
”梨木と"仕事してよかったって向こうに言わせてやるんだって、それくらいの気持ちで、なんの不足も無いよ。」
意固地になって、ずっと独りぼっちにしていた「自分」を、もうそろそろ、迎えに行かなければ。
"___お前は、お前だろ。"
このままじゃ、
あの男にまた「馬鹿」って言われてしまう。