sugar spot




あの男は、今日も朝からオフィスに居なかった。

中華屋に行って別れたあの日を思い出し終えて、握っていたスマホをもう一度見る。


《今どこ?》

お昼時が近づくこの時間、奴がどこで何をしてるのかなんて、当然分からない。
私もアポイントまでの時間に凄く余裕があるわけじゃ無いし、既読が付かなければすぐに諦めてランチを食べようと決めて、そのメッセージを送る。


「…、ついた。」

暫し見つめていると、思いの外すぐに既読が付いて、スマホを落としそうになった。


《◼︎社の訪問終わって、会社戻るところ。
古淵さんと、飯食べようとしてる。》

《そっか》

《何?》


ぎゅう、とスマホを握る手に力がこもる。若干その掌も汗ばんでしまっていた。


ちょっと、声が聴きたかったとかそんなふざけたこと、許されるだろうか。

でも古淵さんも一緒なら、水を差すのは良くないか。


結論づけて、今日の気分の曲を送って終わらせようと、ミュージックアプリを開いた時だった。


「、え、」

【着信:有里 穂高】 


急に予期せず変わった画面に、漏れ出たのは驚嘆だった。また掌の汗が増えた気がする。



「も、しもし。」

"…うん。"

恐る恐るスマホを耳に当てると、平静ないつもの声が鼓膜を揺らす。

「な、何?」

"は?こっちの台詞。なんかあったんじゃ無いの。"

「……古淵さんは良いの。」

"定食屋入って、今メニューですごい悩んでるから放置してきた。"


先輩に対して「放置してきた」という表現は適切なのだろうか。でも、古淵さんがうんうん唸って何も気に留めない図は容易く想像がつく。


「…有里。」

"何。"

「今から、△社の大宮オフィス、行ってくる。」

"……ああ。"


男はただ返事をきちんと返すだけで、無駄なことは何も言わない。

荷物は、何度も確認した。
敷波さんのところへ行って、説明する資料だって、ちゃんとバッグに入れてきた。



____

「あんたと有里で営業コンビにした理由、分かる?」

「え、バチバチしてたからですか?」

「違うわ。つかバチバチすんじゃないわ。」

先程、オフィスを出てエレベーターを待っている時、吉澤さんが「話忘れていたことがあった」と笑って近づいてきて、突然そう問いかけられた。

素直に答えたら呆れ顔のままに、溜息を贈られる。


「研修の時って、いつもその日のフィードバックを各々提出してたでしょ。」

「はい。」

「有里は頭も切れるし、今までもこれからも、
”優秀”に分類されるんだと思うけど。

営業の仕事はね、いつも冷静な判断力、
それだけじゃ駄目よ。

ちょっと論理的な考えは捨てて、
"泥臭く"なれること。」


泥臭く、とただ静かに繰り返す私に、発色の良いコーラルベージュのリップを乗せた美しい唇が弧を描いた。

「…あんたとペアだった日の有里のフィードバックね。」

『ペアの梨木さんは、クレーム対応の際は、
まず地図を広げて最短距離を探すそうです。

俺は、自分の会社をどう守るかを第一に考えました。
それが間違いだとは思わないですが、多分それだけでは欠落していたのだと気付きました。

梨木さんは、失敗と同時に、相手に何ができるのか自分のウィークポイントを考慮して、自然と考えられる方でした。』


「タイプの違うあんたが傍にいたら、あの男も何か影響を受けながら、一緒に2人で成長していけると思ったのよ。」


私の見立ては間違わないんだけど、どう?

なんて、最後は自信たっぷりに笑ってひらひら手を振りながら、エレベーターに乗り込む様を見送られる。

その笑顔に、いつもの鬼感は無くて躊躇いながらも、この人はどこまで見透かしているのだろうと思った。

______



その責任の所在を、明らかにした。


"僕は、最初から、間違えていたんでしょうか。“

そうして先方から受け取った言葉に、胸が痛んだ。
   



あの男が、私のことをそう言ってくれたみたいに。

___此処から、何ができる?

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