sugar spot


◻︎

消えていく2人の影を見守っていると、


「あれさ、"花緒限定"で、余裕ぶっこいて居られないって意味よね。」

とん、と私の肩に後ろから顎を置きながら至近距離で尋ねてくる女王様は、いつも通り的確な指摘をする。


その瞬間、ふわりと多分絶対、良いブランドの香水の匂いがした。一緒に居酒屋にいたはずなのに、艶やかなオーラが全く乱れていないのは、どういうからくりなのだろう。



「そういうことですね?

だってアーリーって、1番最初の同期飲みの時から花緒のこと気になってて、そこから、苦手なくせにそういう会に、絶対ちゃんと出てるんですもん。」

「なにそれ?ベタ惚れじゃない。」


近い距離のまま話を続けてくる亜子さんの声は少しだけ伸びていて、ちょっと、酔っているのかもしれない。

可愛さを急に垣間見せる女王様に、ふと笑って、人混みに紛れて消えた2人が、歩いて行った方向をただ見つめてしまった。




「…はあ、尊かった。」

「奈憂は、本当にあの2人が好きね。」


「…心から良いな〜〜と思えるカップルなんて、そんな多く無いじゃないですか。
大体街中でイチャついてたら、他所でやれ家に帰れって思うじゃないですか?」

「あんた、見た目と考え方のギャップ何事なの。」

「でもあの2人は、ずっと見てたくなりますねえ。」


ずっと見て、近くで愛でていたい。

あんな風に惹かれあって、反発しあっても結局丁寧に紡がれていく恋愛は、ちょっと奇跡みたいな、神聖なものな気がする。

"選ばれた人だけ"が、出来るものだ。



通り様に静かに髪を乱していく夜風が少しだけまた、冷たさを帯びた。

「私たちも帰りましょうか」と、姿勢を戻してジャケットのポケットに手を突っ込んだ状態の亜子さんに伝えようとしたら、じっとこちらを見つめる眼差しに気がつく。



「奈憂さあ。
人の恋愛ばっかり観察してるけど自分はどうなの?」


「……、」


そうして投げられた質問に、身体が止まる。

「……んー、私は、何も?」

「え?絶対嘘でしょ。何その感じ。
やっぱり二軒目行く?」


下手な答え方になった自覚はあった。

苦い笑みで、「ええ?話さないですけど、飲むのは良いですよ」とギリギリ伝え終えた時、

「あーーー!?島谷と、確か、芦野さん!!
良かった会えた!!ハッピーフライデー!」


大き過ぎる声がすぐ側から聞こえてきた。



「あれ、古淵…!?」

「お、枡川もいる!!
オールスター感謝祭って感じだなあ!」

遅れてお店から出てきたちひろさんも、スマホ片手にとても驚いた反応を見せている。

謎の感想を漏らす古淵さんの後ろでは、疲弊した様子の男性が居て、なんとなくその正体にピンときた。


「…ちひろ。早くそこの、クソどヘタレと帰って?
私と奈憂も帰るから。はい、解散。」


「お前、口悪すぎるんだけど。」


「はい行くよ」と、手を何度か叩いて促している亜子さんに、不機嫌そうに反論する人が纏う空気は確かにどこか緩さがある。

気怠くて、あんまりやる気が見えない感じ。

でも凄く格好いい。スタイル良し、顔良し。


「今、電話切ったところなのにもう迎えに来てくれるとは。」

「うん。
だから直ぐ近くで飲んでるって言っただろ。」

びっくりした、と笑うちひろさんに釣られるように微笑みを贈るその顔が、1番優しく見えた。

成る程、この2人も"選ばれた"恋愛をしているごく稀な人達なのだと、ぼんやり思う。



「このアホは撒いてこいって言ったでしょうが。」

「置いていこうとしたら煩さすぎて無理だった。」

「チッ」

「亜子たん、舌打ちでかぁ!!
瀬尾と枡川は帰っちゃうけど、3人で語り合お!?」


「は?あんたと何を語り合えば良いの?」

「そりゃあ色々あるよね!?」

「例えば?」

「今後の日本について、とか!」

「まあまあ不安はあるけど、
頑張って生きていきます。以上。」

「うお〜〜生きような〜〜!?」



真顔で告げ終えて、スタスタと恐らく駅に向かう亜子さんの後ろを、全く会話の噛み合わないままについていく古淵さんは、殆どデレが見えないツンツンな飼い主に全くめげないワンコのようだった。

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