sugar spot
「…な、に、」
突然の行動に顔をあげたら、思った以上に近い距離で無表情の男が私を見下ろしていて、心臓がたった一回、大きく跳ねた。
「…島谷さんと古淵さんが、俺とお前の分の差し入れ代くれたから買ってきた。
俺もその分は流石に働く必要あるし、別にお前のために動くんじゃ無いから安心すれば?」
「……、」
突然のそれに涙も引っ込んでしまった。
亜子さん、私がスタバを奢る約束なのに、私が差し入れされてしまったら意味が無い。結局、優しい。
紙袋は、オフィスのすぐ側にある、ランチ時はいつも賑わっているお洒落なカフェのものだ。
恐る恐る中を覗くと、ホット用の紙カップからは果物の瑞々しい香りが漂って、どうやらフルーツ系の紅茶だと分かった。一緒にベーグルサンドも入っていて、すごく美味しそう。
チョイスにやたらとセンスがあって、なんか腹が立つ。
でも何故か、それをただ見ていたら
口から言葉は自然と滑り落ちた。
「…宛名ラベルのシールの大きさで、今度の夏の展示会の案内POPみたいなの、作ろうかと思って。」
「……」
「印刷さえできれば、封筒に貼るだけだし、良いかなって、」
折角、色んな取引先へ送るカタログだから、何かうちの会社のプラスになる情報を含めることはできないかと考えた結果だった。
広告にしては大したことじゃないし、独断だし、
誰の迷惑をかけるつもりも無かった。
「……ふうん。」
「…ひ、独り言だから。」
全て告げ終えた後に焦りが急に襲う。
お腹が空いてたから、その匂いに心も口も緩んでしまったらしく、焦って弁明はしたけどだいぶ苦しい。
すると男は、自分が作業していた後ろのテーブルに、私と背中合わせになるように移動して自分のノートパソコンを立ち上げ始めた。
「入れたい項目は?」
「は?」
「そのPOP。
俺もこっちで作って向こうの複合機で印刷するから。
そしたら時間半分で終わるだろ。」
「……え。」
「日付と場所とテーマと、あと何?」
「……うちが手掛けた空間デザインのキャッチコピーとか、そういうメッセージ系…」
「分かった。俺はこっちで勝手にやるから、お前もさっさとやれ。」
「……」
男も展示会のパンフのゲラ刷りを勿論持っていたようで、それを取り出しつつ、冷静な声で告げられる。
何も言えず、その背中をただじっと見ていると、異変に気づいたように細まった形の良い瞳にかち合った。
「…お前にぼーっとしてる時間、
1ミリたりとも無いと思うけど。」
「…わ、わかってるし!」
こいつの口は、
私を苛立たせる絶妙な言い方しか出来ないのか。
勢いよく男に背中を向けて作業に移ろうとした時には、苛立ちからか、先ほど緩んでいた涙腺もとっくに正常を取り戻していた。