sugar spot
それに気づいて振り返った男の、いつもより大きく開かれた瞳と視線が交わった。
そこで初めて、自分が思ったより表情を緩ませてしまっていたことを自覚して、直ぐに戻そうとすると、
「おい馬鹿。手、また止まってる。」
と冷静な声で忠告を受ける。誰が馬鹿だ。
そもそもあんたが、
急に古淵さんの話をしてくるからなのに。
この男は、なぜこの話を私にしてきたのだろう。
まさか、とは思う。
だけど、もしかして、___
「あのさ、」
「何。」
「…なんでそんな話、急にしてきたの。
しかもこんな風に、手伝ったりして、」
そこまで告げて「手伝ったのは先輩達に言われたからか」と思い出して、また焦る。
よく分からないけど、この静けさが妙に心をソワソワさせて、言わなくて良いことが口からどんどん出てしまう気がする。
「_____それ聞いて、お前はどうすんの。」
「…え?」
「俺が今手伝ってる理由と、
古淵さんの話をした理由。」
そんな風に切り返されるのは、全然予想してなかった。
何それ。
そんなの、そっちの答えによる、しか言えない。
能面男の右目の涙袋にあるほくろは、中性的な顔のつくりを際立たせる。
鋭い眼差しは、別に私を捕らえようとしてるわけでは無いと分かってるけど、何か見透かすみたいな強さがあって、なんとなく言葉を紡ぐのを難しくさせた。
"でも昨日の敵は今日の友って言うし?"
焦りの中で、上手い交わし方を考えていたら、穏やかな声に揶揄いを含んだ言葉をなんとなく思い出した。
……本当にそんなこと、あるのだろうか。
「き、昨日の敵は今日も敵とは限らないって、」
「は?」
「丁度、南雲さんに言われたの思い出して
ちょっと、聞いてみただけだし。」
早口になって、印刷を終えたシールに視線を落とす。
何で私はこんなに心臓が煩いのか分からない。
この男に、何を言って欲しいのかも分からない。
「……また"南雲"かよ。」
「…え?」
ぼそりと呟かれた言葉は、舌打ちの方が大きくてよく聞こえなかった。
だけど再び合わせた視線の先では、整った眉を遠慮なく寄せた不機嫌そうな男が居る。
「自惚れてるとこ悪いけど。」
「は?」
「さっきの話聞いてただろ。
古淵さんだって、いつも失敗ばっかりだからこそ、たまにはその人の役に立とうって考えになるんだろ。
お前、失敗ばっかりな上に、もう貸し2つあるから。俺になんかあったら身を粉にして働けよ。」
「……貸し2つって何。」
「歓迎会の時の酔っ払い馬鹿と、
今回の凡ミス馬鹿。」
「……」
つまり、何。
こいつは古淵さんのことまで引き合いに出して、ただ私の失敗を今後何かしら弱みとして利用するために、今も付き合ってるってこと?
「……あんた性格どうなってんの?」
とんだ悪趣味男が、
不運にも同期として君臨してしまったらしい。
先輩の話を受けて前向きに「俺も誰かと協力して日々頑張ろう」という、爽やかな気持ちにはならないのか。
しかも"いつも失敗ばっかり"って、否定は正直全く出来ないけど、ちゃっかり先輩をディスっている。