sugar spot

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「…つらい、」

素直に吐き出した言葉が、どこに行っても人がひしめく土地に、溶けて消える。

人混みに簡単に紛れてしまえる何の変哲もない黒のリクルートスーツに、履き慣れない黒のパンプス。
使い勝手が良いとは言えない就活用のバッグは、既に萎びてきている。

土日の東京のカフェは、どこも驚くほど混むのだと何故誰も先に教えてくれなかったのか。

何軒かはしごして、漸くカウンターに空席を見つけたチェーンのカフェで、アイスコーヒーを喉に流し込んで深く息を吐き出した。



『梨木さん、自己分析は何回やりましたか?

志望動機は、会社によって臨機応変に変えるのが普通です。
素直な印象を与えるのは良いことですが《バカ正直》である必要はありません。

就活は、梨木さんという人間の強みを
プラスのイメージのまま、アピールする場です。』


強みをアピールする場所のくせに、周りのどこを見たって、誰もが同じような服装で、同じような振る舞いをする。

それってひどく矛盾していると心では思っても、
やはり周りから逸れることも、不安で勇気はない。


別にこれといった取り柄もない。
何かに凄く、秀でているわけでもない。

平々凡々な人生を歩んできたと、
逆にそこの自己分析は、ばっちりな気がする。




「バカ正直かあ……、」

午前中に参加した就活セミナーで、模擬面接のアドバイスをしてもらった。

結果はそれはもう、けちょんけちょんだった。


周りの就活生みんなが携えたエピソードばかりが立派に思えて、元々無い自信なんか、もっと無くなる。

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