sugar spot
地元の大学に通っている3年の私は、いよいよ始まった就活のために昨日から上京している。
交通費も滞在費用も学生の私からすれば高額で、大きな合同説明会がある時を狙って、スケジュールを詰め込んで数日間滞在する、という方法を取るしか無い。
そんな無理せず、地元で大人しく就職口を探せば良いじゃない、と家族には言われたけど、そうはいかない。
大学入学の時は、学費以外に一人暮らしするためのお金の援助は出来ないと言われて諦めたけど、私はどうしても東京で働いてみたい、その気持ちで就活に励んでいる。
『そ、その理由は!?』
模擬面接を担当してくださった女性は、私のエピソードをここまで聞いて、テーブルの向かいの席から身を乗り出して食いついてきた。
そこまでは、良かった。
『…は?』
『自分が大好きなバンドが東京の下町出身で、色々聖地巡礼したいのと、やっぱり東京開催の音楽イベントって多いので、』
『……つまりは趣味のためだと?』
『…は、はい。あ、でも、』
目の前の女性は、そのテンションがどんどん下がっていって、終いには私の話を遮って「あのね梨木さん」と諭すような口調に変わって。
自己分析が必須、バカ正直でいる必要は無いと、そう言われてしまった。
「…志望動機ってなに…」
ちゃんと将来を見据えて何の仕事がしたいかきっちり定まっている人は、天才なのかと思ってしまう。
アイスコーヒーの入った透明のグラスの中で、少し溶け出した氷がカラン、と音を立てた。
カフェで気持ち程度に広げた就活ノートは、全然頭に入ってこない。
午後からは、大きな会場を貸し切って行われる"合同説明会"に参加してみる予定だけど、その足取りは驚くほどに重い。
イヤホンからは、大好きな音楽が聴こえてきている。
愛してやまないバンドメンバー達が、
普段生活しているこの東京という場所。
彼らの歌やラジオでよく聞く地名や駅名を、街や地下鉄の看板で見るだけでも、私は簡単に、素直に嬉しくなったりできる。
その喜びをちょっと感じながら仕事をする。
居心地の良さを感じられる環境なら、大変な社会人生活も、少しは頑張れるんじゃないのかな。
「…そんな簡単なことじゃ、
やっぱり、ダメなんだなあ…、」
そりゃ、"御社に対する熱意"を伝えるのは必須だと、分かってはいたけど。
こんなにも自分の1番の理由を否定されてしまうとは。
自分の甘さを痛感したら、
流し込んだコーヒーはより苦味を増した気がした。