sugar spot
「…残業だって、アーリー。」
「聞こえてたけど。」
乾杯を終えて、続々と運ばれてくる料理は、安い居酒屋の安いコースだから小分けになんてされていない。
大きなボウル皿のシーザーサラダに無遠慮に突っ込んであるトングを手にしようとした瞬間、奈憂が私にそう言葉をかける。
「……どうすんの、花緒。」
「何が。」
「手伝い、行かないの?」
「………頼まれてもないのに?」
明るく尋ね返したつもりだけど、何故か不自然な浅い笑顔になった。
「だって、花緒は助けてもらったんでしょ?」
「常に文句言ってくれやがってたけど。」
「も〜、ああ言えばこう言う。」
だって本当のことだ。
歓迎会の時も、大量カタログの時も、文句しか言われてない。
思い出したらムカついてきた。
そのままチラリ視線を動かしたら、なかなか減らないレモンサワーのグラスに気づいてまた、苛立ちが増幅する。
「……奈憂。
ちょっと電話してくるから、サラダよそうの代わって。」
「は〜い。」
「…部長から電話きてたのに折り返すだけだから。」
「?私、何も言ってないけど?」
「……」
気前よく私からトングを預かったこの女が、どこまで見通してるのか怖い。
睨んだって何も気にしてない風だから、諦めて社用のスマホを握りしめて席を立った。
◻︎
「わかりました、その件は月曜に出社したらちひろさんから直ぐに引き継いでいただくようにします。」
"枡川の異動でバタバタで申し訳ないけど、よろしく。メールしようとしてたけど、わざわざ折り返してもらって悪かったな。"
「いえ。」
部長からの電話は、ちひろさんの抱えていた案件の引き継ぎに関することだった。
一回のコールで、その後も不在着信は無かったからそこまで緊急では無いと分かっていた。
___それでも、折り返した理由。
「……あの、部長。」
"ん?"
「営業2課の方で、何かトラブルがあったんですか?」
"…あー。
ちょっと大口のクライアントで、移転に関するすり合わせが上手く出来てなくてな。
オフィスの現状図面の拾い出しを急遽全部やり直すことになって、営業部隊が割とバタついてるかな。
主で担当してる古淵と有里が1番大変そう。"
「…人手は、足りてますか?」
図面から必要な家具を読み取る"拾い出し"は、前から得意では無い。
でも、沢山練習はしたし、何も出来ない訳じゃ無い。
"え。梨木、応援来れるの?"
「…必要があれば、ですが。」
"人手はいくらあっても助かると思う。
あ、丁度良いところに有里居たわ。
有里。
梨木が今からオフィス戻って手伝うって言ってくれてるけど。同期に感謝だな。"
"______必要、ありません。"
スマホ越しでも、部長と、もう1人。
声だけでその能面が直ぐに思い出されることも、あの男の言葉を拾えてしまった自分の耳も、全部が憎い。
ぎゅう、とスマホを握りしめる手に力を込めたまま
「部長、それであれば大丈夫です。お疲れ様でした。」と早口に答えて直ぐに電話を切った。
少しだけお店の喧騒を離れた渡り廊下で、ぽつんと佇む自分はひどく滑稽だ。
___"お前、失敗ばっかりな上に、もう貸し2つあるから。俺になんかあったら身を粉にして働けよ。"
"貸し2つ"
あんたがそう言ったんじゃなかったの。
____私はそんなに、役に立たない?