sugar spot
吉澤さんは、「あんたら一応明日もあるんだから、早く寝なさいよ」と自分の部屋へ嵐のように去って行った。
それから、とてつもなく気まずい沈黙が続いている。
ピ、と奴が操作する自販機のボタンの音が響き渡ってしまうくらいには静けさを保っていた。
さっきの枡川さんについて語っていたこと、聞かれただろうか。
別に隠すものでもないけど、この男に知られるのはなんとなく恥ずかしい。馬鹿にされそう。
相変わらずソファに座ったまま目線だけを男に向けると、
「______土曜、同期の方に行くから。」
「……え?」
自販機から出てきた炭酸飲料を手にしながら何気なく言い放たれた言葉は、やっぱり無骨な冷たさを保っている。
さっきから、男の声色にはどこか違和感がある。
いつもの腹の立つ視線とも、全然交わらない。
「……バーベキュー、断ったんじゃ無かったの。」
「幹事の長濱《ながはま》が、思ったより人集まらないって嘆いてたから。」
「…そ、う。」
確かに写真展にはちゃんと開催期間があって、前売りを持っているこの男は、その間になら、いつ訪れたって問題は無い。
だけど。
やっぱり初日に訪れたいと、その気持ちだけで土曜を選んでいたし、この男もそうだと思っていた。
そういうところも同じだと、考えてしまっていた。
"その後、ここに集合な。土曜のこと決める。"
___じゃあ私達、今どうして此処に2人で居るの。
「…お前は初日にちゃんと行けよ。」
「え。」
「…何?」
そこで漸く、鋭さを保つアーモンド型の瞳に対峙したら、やはり心臓はいつもとは違う拍の動きを見せた。
嗚呼、そうだ。
さっきからこの男の声色への、違和感。
いつも抑揚は無いし、愛想も無い。
「冷静に考えて、
2人で行くのは、リスクしか無いだろ。」
___でも、こんなに
真正面から突き放すみたいな声は、初めて聞いた。
「……リスクって、何?」
問いかけが、この一角しか電気の付いていない寂しい景色に直ぐ溶ける。
ぐらぐらと頼りなく泣くみたいな音が自分の内側から絶えず聞こえている気がして、その逃し方が分からない。
「……お前なら、どう思う。」
「え…?」
目の前に立った男をソファに腰掛けたままゆっくりと見上げたら、普段より高い位置からの眼差しに当然のようにぶつかって動けない。
「同期会は欠席して、
同じイベントに参加する2人。」
まるで客観視された他人事みたいな意見に、
「それは変だ」と同意を求められている。
「俺と一緒に行って、
勘違いされても良いって思ってんの?」
「勘違い…って、」
「同期とか、それこそもし会社の人間にバレた時、
必ず何か言われる。」
そんなの、知らない。
"他の誰か"がどう思うかなんか、聞いてない。
だって、今は、紛れもなく。
____私とあんたの話を、してたんじゃないの。
ぎゅ、と握りしめていた拳にもっと力が入る。
"冷静に考えて、
2人で行くのは、リスクしか無いだろ。"
もう一度、男の見解を頭で繰り返したら
少しずつ体温が奪われていく感覚があった。
「冷静に考えた、結果、」
この再確認は、自分を傷つけるだけだと。
どこかで分かっているのに止められない。
「……勘違いされるのは、困るってこと、?」
必死に音にしたそれを聞いた瞬間、
男は何故か眉を寄せたままに視線を逸らした。
それは、もう私と向き合う気が無いという
意思表示にも思えた。
今更、何。
私だってあんたと2人で行くのかもって思った時から、周りがどう思うか考えなかった訳じゃ無い。
でも、そんなことよりも。
《今日はこの曲の気分。△△》
《ふーん。●●》
毎日のくだらないメッセージも含めて、あんたと話をする時間の方が、私には大きかったから。
馬鹿な私は、そういうところも
この男は同じ意見なのだと、思ってしまっていた。