純愛
「やっぱり暗いね。」

つばきの隣に立ってカンナが言った。

「うん。」

俺はカンナに返事をしながら、つばきが何か言い出すのを待った。さっきまで無邪気にハシャいでいたつばきの雰囲気が消えかけようとしていて、いよいよか、と思った。
つばきは約束通り、ちゃんと話をしてくれようとしているんだと分かった。

「この子達は広い海では死んでしまうのかな。」

つばきが小さい声で言った。周りには俺達以外、誰も居ないのに、内緒話をするみたいに。

「金魚は淡水魚だから海ではそもそも生きられないでしょ。」

「ふぅん。そっか。」

「それに金魚はより冷たい水を好むみたいよ。夏の風物詩って感じがするのに、なんだか夏は生きにくそうだよね。」

カンナがほんの少し憂いた声で言った。
つばきが「結局、限られた世界でしか生きていけないんだね。」と言った。

「そんなことないよ。つばきが大きい水槽で飼ってあげればいいじゃない。飼い方も色々あるみたいだし。」

カンナはさっきの声からコロッと声色を変えて、今度は楽しそうな声で言った。園児に絵本を読み聞かせする先生みたいだと思った。

「じゃあさ、三匹ずっと一緒に生きていけるのは、どれくらいだと思う?」

つばきが俺の顔もカンナの顔も見ないまま言った。

「つばき…。」

つばきの名前を呼んだけれど、俺はその先を言えないでいた。
三匹渡されたその金魚が偶然なのかわざとなのかはわからないけれど、つばきだけじゃなくて俺も、きっとカンナもその三匹に俺達三人を見ていた。

俺達三人も同じ。狭い世界だったからずっと三人で居られたのだと。広くなった世界は少しずつ俺達の関係にも距離を作っていく。
そんなことはないと、変わらず大切だと言い切れるのは俺とカンナ側の押し付けだ。
つばきは自分のことを「選ばれなかった」と思っている。その「選ばれなかったつばき」の焦燥感や不安を、俺達は理解していただろうか。

でも…それでも…。

「つばき。俺もカンナも恋愛をすることが誰かを傷つける悪いことだなんて思いたくない。カンナを好きになったことが間違いだったなんて思いたくない。もし俺がつばきの立場だったならって、ちゃんと考えられていなかったことは認めるよ。それでも、つばきのこともこれから先変わらずずっと大切だって繰り返し伝えていくしか俺達には出来ないんだ。その言葉を、俺達を信じてもらうしか出来ないんだ。」

つばきは右隣の俺の方を向いた。俺の隣に居たカンナがつばきの方に近づいて、つばきをそっと抱きしめた。

「つばき、ごめん。ごめんね…。怖かったんだよね。一人ぼっちになってしまうんじゃないかって思ってたんだよね。ちゃんと話せなくてごめん。」

カンナに抱きしめられながら、つばきが「何で私じゃないの。」と小さく言った。その言葉が俺に向けられたものだったのか、カンナに向けられたものだったのか、分からなかった。

「私と透華くんは恋人になって、今までの三人の形としては変わってしまったかもしれない。つばきの言う通り、三人では過ごしてこなかった時間を、これから透華くんと過ごすことだってきっとある。それでもつばきとの今までの時間も、これからの時間も壊したくないよ。つばきを一人ぼっちにしたりなんかしない。約束する。」

カンナがつばきから体を離して、つばきの目をしっかり見て言った。
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