離婚するはずが、極上社長はお見合い妻に滾る愛を貫く
「ここにいる間はこれまで通りでいいから」
慶次さんはそう言って、すぐにスマートフォンでどこかに連絡を取りながら部屋に入っていった。
わたしはお茶を飲んでいたカップを洗いながら、ペアのカップをどうするべきか考えた。ここにふたつ残していくなんて、それはそれでさみしい。自分が使ってた方のカップを綺麗に拭きあげると、緩衝(かんしょう)材でくるむ。
「それ、まだ使うんじゃないか?」
突然カウンター越しに声をかけられて顔を上げると、慶次さんが立っていた。
「え、ああ。でもこっちは持っていこうかなって……えっ」
さっきくるんだばかりのマグカップ。その緩衝材を彼はさっさと取ってしまった。
「待って、せっかく包んだのに」
「これは毎日使うものだから中に入れると困るだろ。そもそも荷造りが早いんじゃないか。まだ住む家さえ決まっていないのに」
「それはそうかもしれないけど」
だからといって、ぼーっとしているわけにはいかないのに。
「焦ってなにもかも一度に進めないように。荷造りは部屋が決まってから。いいね」
そう言った慶次さんはリビングの隅に置いてあった、わたしが荷造りしたものをほどいてしまう。なにもそこまでしなくてもと思う。
「ここにいる間は、これまでと同じように過ごせばいい。最後なんだから、俺の言うこと聞いて」
そんなふうに言われるとおとなしく頷いてしまう。
「荷造りは、俺も手伝うから」
きっと忙しくてそれどころじゃないだろう。けれどその彼の優しさにわたしは頬をほころばせた。
あとほんの少しだから、もう少しだけ彼の優しさに甘えさせてほしい。いつか彼のその優しさが他の女性に向けられるとわかっていても、わたしは今この時を大切にしたかった。