シングルマザー・イン・NYC
「――でも、もう葵に気持ちは戻らない。申し訳ない」

俺は頭を下げた。

「あなたのせいで、私、一生結婚できないかも知れない」

「それはないだろ。葵の容姿と西宮家の財力があれば、いくらでも結婚相手は見つかる。葵はまだ三十だし。とにかく、申し訳なかった。もう葵に会うことはないと思う」

すとん、と葵は椅子に腰を下ろした。

そしてお互い黙ったまま、三分ほど経ったろうか。

「あなたなんか、大嫌い」

そう言うと葵は席を立ち、静かにドアを開けて出ていった。

入れ替わりに入ってきたのは西川怜――このレストランのオーナーシェフ。
俺と同い年で気が合い、たまに一緒に飲む仲だ。

「派手にやられたなあ」

彼は俺を見て苦笑いし、

「タオル、取って来て」

と、後ろに控えていたソムリエに伝えた。

「仕方ない。自分の優柔不断さが招いたことでもあるから」

そのせいで、希和を失望させた。
葵にも嫌な思いをさせた。

「今日のことは、(みそぎ)みたいなものだ」

「そうか」

これからは、誰かを悲しませたり、信頼を失うような生き方はしない。
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