シングルマザー・イン・NYC

目が合う。
篠田さんも私に気付いたはずだ。
わかる。
だが篠田さんは、背を向けた。

次の瞬間。

「待って!」

慧が日本語で叫んだ。

その声に篠田さんが振り向いた瞬間――私とつないでいた小さな左手が離れた。

そして横断歩道に向かって、駆け出す。

「慧! 止まって!」

焦って信号を見ると、赤に変わった。
何台もの車が動き出す。

それなのに慧は私の制止をきかず、車道に飛び出した。

慌てて後を追うが、もう慧は道路の真ん中を越えている。
諦めずに走るが、追いつけない。
いつの間にこんなに早く走るようになったんだろう。

すべての動きがスローモーションになった。
あちこちから悲鳴が聞こえ、クラクションが鳴る。

そして、一台のタクシーが慧にぶつかろうとしたその時――。

篠田さんが、慧の体をかばうように抱きしめた。

ブレーキがきしむ音。
そして、ドン、という鈍い音。

道路に倒れた慧と篠田さんの周りのアスファルトに、血だまりが広がった。
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