シングルマザー・イン・NYC
手作りの日本食をご馳走することを口実に、篠田さんを部屋によぶ――アレックスのアイディアに心は揺らいだが、結局実行には至らなかった。

私は恋愛ではかなり慎重派で、それは、父が母と私を置いて家を出たことに原因がある。
父のひどい裏切りを、間近で見てしまったのだ。

だから、本当に信頼できる人としか、深い関係にならないと決めている。
篠田さんはとてもいい人だし好きだけれど、まだちょっと早い。

事の成り行きはかなり強烈で。
あれは中学二年の時だった。

部活からの帰り道。
道の角を曲がると、家の前にほっそりとして髪の長い女性が立っているのが見えた。
彼女はちょうどインターホンを押したところで、母の応じる声がした。

「奥様ですか、私、蓮野と申しまして――」

丁寧な口調なのにどこか挑戦的で、勝ち誇った響きすらあった。
私は怖くなって、路上駐車してある車の影に、そっと身を寄せた。

「お帰り下さい」

インターホン越しに聞こえる母の声は、静かだった。

「聞いて頂きたいお話があるのです」

だが女性は諦めない。

「こちらには、あなたとお話することなどありません」

そんな押し問答が数分続いただろうか。

やがって女性は諦めたのか、「わかりました」と言い、一呼吸おいて続けた。

「きっと、直接ご覧になって確かめたいとおっしゃるかと思ったのですけれど」

(え? 何を?)

私は思わず車の影から身を乗り出した。

「私、ご主人の赤ちゃんを妊娠しています」

胸がドクンと鳴った気がした。

(え……?)

母も驚いたのだろう、インターホン越しに沈黙が続く。

女性は「ふう」とわざとらしいため息をつき、「では今日の所はこれで」と、インターホンから離れた。

私は見つからないようにしながらも、振り向いた彼女のお腹に視線を走らせた。

そこには、ゆったりとしたワンピースの上からでもはっきりわかる膨らみがあった。
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