蒼月の約束
そして再度目を閉じ、未だに家族の記憶があることを確認した。
(大丈夫。まだ覚えてる。お父さんもお母さんも、満おばあちゃんも、亜里沙のことも)
ここに来る前、どこでなんの仕事をしていたのか、どんな人に会っていたのかは思い出せなくなっていても、自分がどうやってここへ来たのか、どんな容姿をしていたのかということは、感覚で覚えている。
まだあの日以上に記憶は消えていなさそうだ。
「はぁ…お腹空いた」
安心したら、いきなりお腹が鳴った。
褐色肌の銀髪少年が果物をくれて以来、何も食べていない。
体を起こそうとして、思わず静止する。
寝返りを打ったら、絶対そこに王子はいる。
エルミアは振り向かないように起き上がろうとするが、ふと腰回りに違和感を覚えた。
フワフワのふとんを持ちあげると、王子の色白のしっかりした筋肉質の腕が、エルミアの腰に絡みついている。
「うそぉ…」
背中の方から安らかな寝息が聞こえる。
王子は相当深い眠りについているようだ。
エルミアは、王子を起こさないように腕を体から外そうと試みるが、動けば動くほど、王子の腕に力が入り、強く抱きしめられてしまう。
少し抵抗してジタバタしてみるが、全く意味をなさなかった。
エルミアは諦めて、大人しくなった。
「…これは、エルフの習性なの?」
ため息交じりに言葉を吐き出す。
自分は、近くにいるだけで心臓が飛び出しそうなほど嬉しいし、恥ずかしいのに、この相手と言ったら、自分を抱き枕くらいにしか思っていない。
そう思うと、心がチクッとした。
「お腹空いたよぅ…」
すでに限界に近付いている、お腹が再度鳴った。
エルミアはとにかく誰かを呼ぼうと思ったが、王子といる時は誰も部屋に入ってこないことを思い出した。
残された手段は、王子を起こすことだけだ。
「頑張れ、私!」
エルミアは、顔をパチンと叩いて気合いを入れ、意を決して王子の方に向き直った。
「お…うじ…」
いつ見ても、絵画のように美しい天使のような寝顔が、眩しすぎて起こすに起こせない。
そして同時に、リーシャ達が、王子は不眠症だと言っていたことも思い出してしまった。
「はぁ…。私に起こせる訳がない…」
王子の腕で固く抱きしめられているせいか、いつもより距離が近い。
王子から漂う甘い香りで、酔いそうになる。
甘美な香りに誘われるように、エルミアはまた静かに夢の世界へと戻っていった。