蒼月の約束
気がつくと、一人暗闇の中に立っていた。
―ここは…―
呟いてみるが、まるで声をそのまま取られたかのように音が出てこない。
ふとその先に漆黒の闇の中にたたずむ、一人の女性が見えた。
その目は今まさに獲物を捕らえたと赤く怪しげに光っている。
〈こ、来ないで!〉
女王の視線の先には泣き叫ぶセイレーンがいた。
髪は乱れ、瞳からは大粒の涙を流している。
〈や、やめて…〉
無表情の女王が素早く呪文を唱えると、セイレーンの体に蔦のような刻印が少しずつ刻まれていく。
それと同時に、苦しさでのたうち回り叫び声をあげ始めた。
しかし、セイレーンの動きはどんどん弱まっていく。そしてあっという間に、セイレーンはぴくりとも動かなくなった。
―や、やめて…―
〈次は、お前だ〉
そう言って女王が顔を向けた先には、トックがいた。
〈な、なにをするつもりですか…〉
恐怖でおののいている小さな姿に、情け容赦なくセイレーンと同じ呪文をかける女王。
―も、もう、やめて…!―
エルミアは叫び続けるが、声が出ない。
〈最後だ〉
女王は最後の一人に向き直った。
そこには頭から血を流し、顔を強張らせたアゥストリが腕を後ろに縛られたまま座っていた。
〈俺たちは、お前になど屈しない!〉
すぐさま呪文をかけるかと思いきや、女王はそれを聞いて不気味に笑った。
〈お前は特別、あの者に手を貸したと言うではないか〉
アゥストリの周りをゆっくりした足取りで歩きながら女王は続けた。
〈エルフに恨みを持っているお前たちをわざわざ王宮の周りに置いたのに、意味がなかったな〉
そしてアゥストリの前に身をかがめた。
〈一体なぜだ?〉
〈予言の娘だ。あいつは絶対お前を倒すだろう〉
〈予言とな!〉
暗闇に女王の背筋の凍るような笑い声が響いた。
〈予言は変わる。それはお前たちも知っているだろう〉
〈あいつは違う。あいつは…〉
そこまで言ってアゥストリの言葉は叫び声に変わった。
女王の発した呪いの蔦が、アゥストリの喉元に絡みついている。
〈あの者はこの世界を救うのではない。滅ぼすのだ〉
そして苦しそうに地面に顔を伏せ、荒い息をしているアゥストリに言った。
〈予言にあったとも思うが?〉
〈あいつは…お前を倒すだろう…〉
途切れ途切れにアゥストリは声を絞り出した。
〈そうか〉
女王は天を仰ぎ、すっと息を吸ったかと思うと早口で呪文を唱えた。
アゥストリの体に巨大な蔦が這いまわり、アゥストリはまたもや悲鳴を上げた。
〈予言の娘か。面白い…〉
女王がそう呟き、立ち去る頃には、アゥストリはその場で静かになっていた。