蒼月の約束
兄は家の周りの惨状を見て、言葉を失ったようだ。
しばらく放心状態のまま、王国の旗が揺らめいているのを見ていた。
しかし寒さと疲れで体が震え始めている兄を家の中へ運ぼうと奮闘しているヘルガに押されるようにして、やっと足を動かした。
ヘルガはやかんに水を入れ、温かいお茶と近くにあったパンを取り出した。
「これ、食べて」
兄は何にも手をつけず、ふと口を開いた。
「なぜ…この家だけは無事なんだ?」
ヘルガはドキッとした。
あれほど禁止にされていたのに魔術を使ったことを知られたら、怒られるかもしれない。
この関係を壊したくない。
そして今の兄に心労をかけたくない。
でも、真っ直ぐに見つめる真剣な兄の顔を見ると、嘘をつけなくなった。
「実は…念のためここに安全魔法をかけておいた」
申し訳なさそうに少女は首(こうべ)を垂れた
「私の一族も、兄さんの種族も歓迎されないなら、自分で守るしかない」
そして付け加えた。
「もう誰も失いたくない…」
しかしどんな理由にしろ、兄との約束を破ったのは確かだ。
怒られるのを覚悟していた。
お前を守るために魔術を禁止しているのだと。
ところが驚いたことに兄は何も言わず、ぎこちない手つきでヘルガの頭を撫でた。
懐かしい温かく大きな手に少女は涙が浮かんでくるのが分かった。
「ごめんなさい」
兄は首を振り、弱々しくほほ笑んだ。
「いや。お前が無事でよかった」
それが、少女が見る最後の兄の笑顔となった。