オスの家政夫、拾いました。2.掃除のヤンキー編


顔に当たる息が熱い。このままなにもかも、このキラキラ光る瞳の奥まで吸い込まれてしまいそうだ。そして、彩響はやっと笑った。今までの不安や、心配が一気に飛んでいくのを感じる。

ーあ、そうか。これが、「幸せ」という感情なんだ。

いつも「現実」という言葉に追われ、一生分かることもないと思っていたこの感情。やっと辿り着いたこの瞬間が嬉しくて、つい涙が出そうになる。涙を堪える彩響を見て、成が指先で目元を拭いてくれた。そして、ついに唇が重なろうとした瞬間ー


「…邪魔して大変悪いのだが、私がいるのを完全に忘れているようだね」

「うわーっ!」


MR.Pinkの声に、二人が慌てて離れる。そうだ、いつの間にか忘れていたけど、ここにいるのは二人だけではなかった。彩響が顔を真赤に染め、Mr.Pinkに向かって叫んだ。


「ミ、Mr.Pink!! どこから見てたんですか?!」

「うん?それはもちろん、最初から見てたよ」

「い、い、い…いたなら先に言ってください!」

「いや、そもそも私の存在を忘れてしまったのはハニーの方で…私、特に悪いことはしてない気がするが?」


Mr.Pinkの言う通り、彼の存在を完全に忘れたのは彩響の方で、Mr.Pinkが勝手に入ってきたわけではない。居ても立ってもいられず、右往左往する彩響を成が止める。彼は彩響の手をぎゅっと握り、こう言った。


「Mr.Pink、あんたには礼を言うぜ。俺を雇ってくれてありがとう。家政夫になれたから、こいつに会えた。感謝するよ」

「いや、私は特に何もしてないよ。河原塚くん、私は切っ掛けを与えただけだよ。君の未来は君が作ったのだ」


そう言って、Mr.Pinkが優しく笑う。穏やかなその笑顔に、見ているこっちまで笑ってしまう。Mr.Pinkが話を続けた。


「私こそ感謝を言おう、河原塚くん。私はこの会社を立ち上げ、若者たちがそれぞれの道を探し出すことに少しでも役に立ちたいと思った。そして今日、私はいい仕事をしていると確信したよ…。ありがとう、顧客を奪われるのは悲しいことだが、君なら安心できる。ハニーを幸せにしてくれ」


そう言って、Mr.Pinkが手を出す。成も自分の手を出し、二人は握手をした。とても微笑ましい風景だったが、いきなり成がぼそっといった。


「ーで、もう彩響にハニーと呼ぶのはやめてもらえないか?今日から俺のハニーなので」
「ほお?気に障ったのかな?」

「他のやつがこいつに手出すのは絶対許さない。そしてなんだか、こう…なんていうか…」

「?」

「あんたはなんだか、なんか油断できない気がするんだよな…」


難しい顔をする成を見て、Mr.Pinkが笑う。そして彩響の手を取り、手の甲にキスをする。二人が目を丸くすると、Mr.Pinkが意味深な笑顔を見せた。


「そうだね、河原塚くんに飽きたらいつでも私の所へおいで。ハニーなら歓迎するよ」

「なっ…!」

「そして、ハニーはいつまでもハニーなのだ。今更この呼び名を変える気はない。なので、せいぜい頑張ってくれ、河原塚くん。では、又会おう、『彩響』」


そこまで言って、Mr.Pinkはオフィスを出ていってしまった。しばらくぽかんとしていた成は、頭を振りながら呟いた。


「相変わらず、よく分からない人だよな…」

「まあ、そうだね」

「…で、彩響。これからのことだが…。まずは、二人っきりになれる場所に行きたい」


成の言葉に、彩響が質問する。


「二人っきり?」

「そう、二人っきりになれる場所で、じっくり話がしたい。これからのことを」


彩響が頷く。そして、提案した。


「うん、じゃあ、うちに来てください。戻って、じっくり話し合いましょう」

ーこれからの、二人の未来のことを。


成が自分の手を伸ばす。いつか海でみたような、いや、その時より遥かに明るい顔で、彩響をまっすぐ見る。彩響も負けない笑顔で、その手を取った。
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