オスの家政夫、拾いました。2.掃除のヤンキー編


「主任、峯野主任ー!」


後ろから聞こえてくる声に、彩響が振り向く。エレベーターではなく階段を使ったのか、汗びっしょりになった佐藤くんがこっちへ走ってきた。佐藤くんはしばらく息を弾ませ、やっと口を開けた。


「どうしたの、佐藤くん。まだ勤務中でしょう?」

「主任、ひどいですよ!挨拶くらいさせてくれてもいいじゃないっすか!」

「あ…ごめん、いろいろと忙しくて」


なんか申し訳なくて、彩響はとりあえず笑顔で誤魔化した。それを見て佐藤くんが軽くため息をつく。姿勢を整え、佐藤くんが彩響の前に立った。


「主任、今まで本当にお世話になりました。俺、主任が今日からいないと思うと、正直不安で仕方ないんす…」

「大丈夫だよ、まだ半人前だけど、佐藤くんならうまくやっていける。こちらこそ、ヒステリックな上司でごめんね」

「そんなことないっす!この会社で主任より仕事できる人なんていないっしょ!」

「はは、ありがとう。そう言ってもらえるなんて、会社生活無駄ではなかったね」

「これからの計画はありますか?」

「そうだね…」


顔を上げ、ゆっくりと周りを見回す。7年間、この会社でどれだけ辛くて、どれだけ悩んでいたんだろうか。しかし、いざここを出る時がやってくると、その辛かった記憶も少しは和らげる気がした。まだ


「思い出」と呼ぶには時間が必要だけど。

「とりあえず、しばらくは休もうかな。ゆっくり寝て、美味しいものとかも食べて」

「主任が辞めるのはすごく悲しっす…でも、俺、誰より主任が頑張ってきたことをよく知ってるんで…。応援します!」


最後まで佐藤くんは優しくて、ハキハキしていて、とても良いやつだと思った。そう、周りに敵しかいなかった職場だったけど、佐藤くんと働くのはとても楽しかった。後輩の為に、もう少し会社に残る案も考えていたが…。それはお互いのためよくないと思ったので、その結果、今日が最後の出勤になった。もちろん、後悔はない。


「佐藤くん、私はもう君の上司ではないけど、人生の先輩として、最後に一つ助言をしてもいいかな?」

「あ、はい、どうぞ!」


大体このような話題を切り出す人間は、地味な説教を語りがちなので、自分は決してそんな人間にならないと思っていた。しかし、例え余計なお世話だと思われても、これだけは伝えたい気分だった。


「私は、ずっと目の前のことしか見えていなくて、何も考えられず、ずっと走ってきたの。そのせいで自分に本当に大事なのはなんなのか、ずっと見逃していた。でも、もうやめる。周りからの評価とか、家族の期待とか、名誉とか地位とか…そういうことにもう傷ついたり、振り回されたりしない。百パーセント自分自身に集中した人生を送るよ」

「峯野主任……」

「『この会社を辞めなさい』とか、そういうことを言ってるわけじゃないよ。どこでもいい、自分自身が本当に望むことが何なのか、そして自分に本当に大切なのはなんなのか…それをじっくり考えて、その答えを実行できる場所で生きて欲しい。応援してるよ、君は会社で唯一、私が心を許した人だから」
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