聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
 玲奈はいまいましげに棺を見やった。玲奈の気持ちを察した十弥が彼女に代わって言う。

「電車の時間があるので、私たちはこれで」
「あぁ、そうですよね! こんな田舎まで本当にありがとうございました」

 彼女に頭をさげて、玲奈と十弥が踵を返そうとしたときだった。

「ちょっと、れなさん!」

 向こうからやってきたぽっちゃり体型の女性が玲奈を呼んだ。玲奈は驚いて彼女を見る。もちろん、全然知らない人だ。なぜ初めて会った人が親しげに玲奈の名前を呼ぶのか。

 その疑問はすぐにとけた。彼女が呼びかけたのは玲奈ではなかった。

「会場の人が喪主さんに話があるって探してたわよ。ほら、こっち」

 彼女が腕を引いたのは……喪主である洋二の妻だった。まずい、そう言わんばかりに彼女は玲奈から視線を逸らす。

 帰りの列車のなかで、玲奈は茫然と焦点の定まらない目でひたすら宙を見つめていた。

(あの人も、れなさん……。だから名乗らなかったのね)

「大丈夫か」

 十弥の声もどこか遠くに聞こえる。玲奈はひとり言のようにぽつりとこぼす。

「そう、そういうことだったの」

 なぜ、佐和は名前を呼んでくれなかったのか。長年の疑問がすっととけていく。
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