Diary ~あなたに会いたい~
しばらくぶりに入った尚美の部屋は、
明らかに“今まで”とは違っていた。
一歩入った瞬間に、異様な臭いが鼻をつく。
眉を顰めて辺りを見回せば、倒れた観葉植物
の鉢植えからこぼれた土の臭いや、絨毯に撒き
散らされたワインらしき酒の臭い。
そして捨てられないまま溢れたゴミが、閉め
切りの部屋に異臭を放っていた。
俺は何も言わず、倒されたそれを避けて部屋
の奥へ進むと、分厚いカーテンと共にベランダ
の窓を開け、夜風を部屋に通した。
すぅ、と流れ込んだ外気を吸い込んで振り
返る。尚美は糸が切れた人形のように、浅く
ソファーに座ったまま、宙を眺めていた。
「何があったんだ?いったい」
脱いだジャケットをソファーの背にかけて尚美
の隣に腰掛けると、俺は顔を覗き込んだ。
ふと、彼女の表情が緩む。
本当は泣きたいのに、間違えて笑ってしまった
ような、そんな顔だった。
「バレたのよ。奧さんに。突然、ここへ押し
かけてきて、あの人と別れろって。びっくり
しちゃった。人って、あんな鬼みたいな顔を
して、あんな怖いことができるものなのね。
本当に、殺されるかと……」
震える声でそこまで話すと、尚美は両手で
自分の腕を掴み、唇を噛んだ。
そうだったのか、と小さく息をついて彼女
の肩を抱くと、俺はもう一度部屋を見渡した。
それ以上のことはあえて聞かなくても、部屋
の惨状を見れば修羅場が目に浮かぶ。
鬼のような形相で尚美に掴みかかったその人
は、怒りと憎しみを込めて彼女の頬に赤い爪痕
を残したのだろう。
夫を奪ったその女の顔に、数日は外に出られ
ないような傷を、わざと残した。
「傷、酷いな。まだ痛むのか?」
左の頬に残る爪痕に手を伸ばすと、俺の手が
触れる前に尚美は首を振った。
「大丈夫。傷はもう、痛まないの。それに、
酷いことをしたのは、私の方だから……これは、
報いね」
ふふ、と俯いて自嘲の笑みを浮かべる。
俺は一瞬、どう答えていいかわからずに視線
を床へ落とすと、徐に口を開いた。
「部長は……あの人はどうしてるんだ?話した
んだろう?奥さんがここに来たこと。向こうは
どうするって?」
そのことを訊くのは、躊躇いがあった。
不貞を犯す男の本音を考えれば、部長が家庭を
壊してまで尚美を選ぶことは、ありえない。
多くの場合は、これでおしまいだろう。
もしかしたら、尚美は職場へも戻れないかも
知れない。
そんなことを頭の隅で考えながら、俺は彼女
の言葉を待った。
明らかに“今まで”とは違っていた。
一歩入った瞬間に、異様な臭いが鼻をつく。
眉を顰めて辺りを見回せば、倒れた観葉植物
の鉢植えからこぼれた土の臭いや、絨毯に撒き
散らされたワインらしき酒の臭い。
そして捨てられないまま溢れたゴミが、閉め
切りの部屋に異臭を放っていた。
俺は何も言わず、倒されたそれを避けて部屋
の奥へ進むと、分厚いカーテンと共にベランダ
の窓を開け、夜風を部屋に通した。
すぅ、と流れ込んだ外気を吸い込んで振り
返る。尚美は糸が切れた人形のように、浅く
ソファーに座ったまま、宙を眺めていた。
「何があったんだ?いったい」
脱いだジャケットをソファーの背にかけて尚美
の隣に腰掛けると、俺は顔を覗き込んだ。
ふと、彼女の表情が緩む。
本当は泣きたいのに、間違えて笑ってしまった
ような、そんな顔だった。
「バレたのよ。奧さんに。突然、ここへ押し
かけてきて、あの人と別れろって。びっくり
しちゃった。人って、あんな鬼みたいな顔を
して、あんな怖いことができるものなのね。
本当に、殺されるかと……」
震える声でそこまで話すと、尚美は両手で
自分の腕を掴み、唇を噛んだ。
そうだったのか、と小さく息をついて彼女
の肩を抱くと、俺はもう一度部屋を見渡した。
それ以上のことはあえて聞かなくても、部屋
の惨状を見れば修羅場が目に浮かぶ。
鬼のような形相で尚美に掴みかかったその人
は、怒りと憎しみを込めて彼女の頬に赤い爪痕
を残したのだろう。
夫を奪ったその女の顔に、数日は外に出られ
ないような傷を、わざと残した。
「傷、酷いな。まだ痛むのか?」
左の頬に残る爪痕に手を伸ばすと、俺の手が
触れる前に尚美は首を振った。
「大丈夫。傷はもう、痛まないの。それに、
酷いことをしたのは、私の方だから……これは、
報いね」
ふふ、と俯いて自嘲の笑みを浮かべる。
俺は一瞬、どう答えていいかわからずに視線
を床へ落とすと、徐に口を開いた。
「部長は……あの人はどうしてるんだ?話した
んだろう?奥さんがここに来たこと。向こうは
どうするって?」
そのことを訊くのは、躊躇いがあった。
不貞を犯す男の本音を考えれば、部長が家庭を
壊してまで尚美を選ぶことは、ありえない。
多くの場合は、これでおしまいだろう。
もしかしたら、尚美は職場へも戻れないかも
知れない。
そんなことを頭の隅で考えながら、俺は彼女
の言葉を待った。