腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
「はぁ……最低だ私……」

トイレの鏡の前で、私はやつれた自分の顔を見つめながら小さく呟いた。

(ほお)()けた顔、薄くなった身体。鷹峯さんとデートごっこだなんて身の程を知れ、私。

正直浮かれていたと思う。だって久しぶりの外出で、隣には鷹峯さんがいて。

色々買ってもらった上にあんな陰口を言われ、結果的に鷹峯さんにも不快な思いをさせてしまったに違いない。

「ねぇ春夏(はるか)ぁ。私、鷹峯さんの隣を歩く資格なんてないよ……」

誰もいないトイレで、私は鏡の中の自分に向かって話しかける。

〈何言ってるのよ。あなたは可愛い。もっと自信持ちなさいよ〉

憤慨したように鼻息荒くそう息巻く春夏。

「ねぇ、春夏は生きてた時、自分のこと可愛いって思ってた?」

私の質問に、春夏は「当然」と答えた。

〈私を誰だと思ってるの? お店でずっとナンバーワンの座に座っていた女よ? 当たり前に可愛いに決まってるじゃない〉

「え、すご」

それは確かに可愛いに決まっている。それにそういうお店は、きっと可愛いだけではナンバーワンにはなれない。春夏はたぶん、見た目だけじゃなくて頭も良かったんだろう。

「……鷹峯さんの隣、春夏だったら良かったのにね」

〈……〉

言ってから、私はなんて酷いことを言ってしまったんだろうと思った。春夏は元恋人に殺されて、これから誰かと恋なんてすることはできないのに。

「……ごめん」

〈気にしないで。とにかく、あんたはもっと自信持ちなさい。それに聖南は生きている。これからもっともっと可愛くなれるんだから〉

再度、春夏から喝を入れられる。そうだ、私は生きている。まだまだ頑張らなきゃいけない。

「うん……ごめん、私もっと頑張るから……鷹峯さんの隣、堂々と歩く」

〈そうよ、その意気よ〉

ってあれ? 何で鷹峯さんの隣を歩くことにこんなに意気込んでいるんだろ、私……変なの。まぁ、さっきまでの落ち込んだ気分はいくらか吹っ飛んだので良し。

〈ほら、鷹峯さん待ってるわよ。あんまり待たせるとうんこだと思われるわよ〜〉

「うわ、それは嫌だ」

私はハンカチで手を拭きながらトイレの出口へと向かう。トイレから通路を挟んで向かいの店で、鷹峯さんが陳列棚を眺めているのが見えた。
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