離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 小鞠のように、思い切り泣いてしまいたい感情に駆られた。
 でも、家に着くまでにこの涙を止めなくては……。
 流れゆく景色を見ながら、私は必死になって小鞠のことをあやし続けたのだ。

 久々の実家に着くと、突然帰ってきた私にお手伝いさん達は少し驚いていた。
「花音様小鞠様、お帰りなさいませ! 今大奥様を呼んできますね……!」
「ありがとう。今日から戻ることにしたの」
「え……?」
「またお世話になっちゃうわね」
 彼女達に荷物を預けながら、私はにっこりと微笑んでそう返した。
 深く突っ込まれることはなかったけれど、彼女たちの表情には疑問が浮かんでいる様子だ。
 騒ぎを聞きつけて、着物姿の母親が奥の居間から顔を出した。
「まあ、花音、小鞠ちゃん、いらっしゃい」
「ただいま、お母さん」
「今ちょうど美味しい和菓子をひとりで頂いてたところなのよ。ちょうどよかったわあ」
 母親の顔を見たら、安心感で再び涙が出そうになった。
 いけない。我慢しなくては。
 私は上を向いて涙を目の中に引っ込ませてから、母がいる部屋へ入った。
 母の言う通り、机の上には綺麗な椿の花をイメージした和菓子がちょこんと三つ、箱に入っていた。
「これね、和菓子屋の娘の生徒さんに頂いたの。ひとりで食べるにはもったいないわと思ってたらちょうど花音が来て。嬉しいわあ。小鞠ちゃん元気だった?」
「ごめん、ちょっと車の中でぐずっちゃって今機嫌悪いの」
「貸してごらんなさい、疲れたでしょう。ばあばが抱っこしててあげるからね」
 大泣きしていた小鞠を、母親は嫌な顔ひとつ見せずに抱き上げてくれた。
 それだけで、ホッとして涙が込み上げてくる。
 お母さん、私、ずっとお母さんに言えてなかったことがあるんだよ……。
 泣きそうな顔で二人を見つめていると、母親は小鞠をあやしながら、優しい声で不意に問いかけてきた。
「黎人さんと何かあったの?」
「え……」
「娘が実家に帰って来るなんて、ほとんどそういう理由じゃない。話してみなさい」
 眉をハの字にして、心から心配したように問いかけられ、今までひとりで我慢していたたがが外れた。
 ぽろっと涙が片目からこぼれ落ちて、目の前の景色がどんどん滲んでいく。
 母親はそんな私を見ても全く動揺せずに、優しい表情を崩さない。
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