離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 私はついに、ずっとタイミングを逃していた事実を告げる覚悟をした。
「私、黎人さんと離婚したいの……」
「……そう、やっぱりそうだったのね」
「え……、気づいてたの……?」
「いえ、半々だったわ」
 そう言って苦笑する母親に、ぽんと頭を片手で撫でられた。
 お母さんには何だってお見通しだったのだろうか。予想外の反応に戸惑いながらも、私は必死に言葉を紡いだ。
「黎人さんとは、政略結婚だと分かった上で一緒になったけど、割り切れなかった……」
「花音には、古いしきたりを背負わせてしまったね……」
「違うの。私は、黎人さんとの結婚は、自分の意志でしたの。そこに後悔はない。だけど、もう、一緒にいると疲れちゃって限界なの……」
「花音……」
「黎人さんの考えていることが、未だに何ひとつ分からない。妻なのにね」
 はは、と乾いた笑いが和室に響く。
 花音は泣き疲れたのか、いつの間にか母親の腕の中で眠ってしまっていた。
 母親はしばらく沈黙してから、すっと机の上に置いてあった椿の和菓子を私に差し出す。
「覚えてる? 花音。お見合いの日、あなたはひとつの椿の花を大事そうに持って帰ってきたの。黎人さんにもらったんだって」
「よく……覚えてるね」
「ひっそり黎人さんの印象を聞いたら、“花を大事にしてくれる優しい人だった”って、明るい笑顔で答えてた。その様子を見て、大事な娘に無理をさせてないか心配だったけど、きっと彼となら大丈夫だなって、思ったわ。母の直感でね」
 淡々と昔話を語る母親は、まだ何かを私に諦めてほしくないのか、とても冷静だ。
 でも、そんな遠い記憶の話をされても、今の黎人さんとはまったく別人の思い出話を聞かされているようで、頭に入ってこない。
 それでも、母親は穏やかな声で話を続ける。
「花音が今幸せじゃないなら、離婚しなさい。でも、その前にちゃんと黎人さんと向き合いなさい」
「お母さん……」
「大事な決断をする時こそ、相手から目を逸らしちゃダメよ」
「うっ……ふ」
「お母さんは、何があっても花音の味方だから。だから安心して、ボロボロになるまで、話し合ってきなさい。ね」
 笑って背中をさすってくれる母親に、私は赤子のように頭を預けた。
 たしかに、私はまだ黎人さんと、真っ向から向き合ってはいない。不倫のことを追求してもいない。
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