初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
そうこうしているうちに、茜待望のブッラータが到着し、2人はそれを取り分けて食べ始める。
ブッラータを食べ終える頃に、ペンネアラビアータとビスマルクも届き、2人はそれも取り分けながら食べていく。


そして、やはり食べ終わる頃に橘がやってきて、食後のデザートとお飲み物はどうしますか?と聞いてきてくれたので、茜はソイラテとチーズケーキ、航太はコーヒーをそれぞれ頼んだ。
こちらはメインの料理より時間もかからず提供され、併せて橘はお水の入ったピッチャーも一つ置いていってくれた。
再び、2階は茜と航太だけの空間となった。




「そういえば、最近何か芝居や映画、見ましたか?」
「あ、はい!ひとまず関東大会で10本近く観て、あと、録画だけして見てなかった全国大会出場校の公演と衛星放送でやってた三島由紀夫のお芝居を観ました」
「関東大会って、何日間なんですか?」
「2日間です」
「え、2日で10本近く見たんですか?」
「でも、1本につき60分なので…」
「いやそれでもすごいですよ」
「そうなんですかね?高校演劇だと結構普通なので、あんまり感じないんですけど…」
「あ、あと、全国大会出場校の公演の録画を見たって仰ってましたけど、テレビで放送してたってことですか?」
「はい、そうなんです。毎年、全国大会で最優秀賞と優秀賞を撮った4校が国立劇場で公演できるっていうのは以前お話しましたけど、最優秀賞の高校の公演はテレビで放送されるんです」
「そんなすごいんだ、高校演劇…。え、その今回放送されたのは、どういう芝居だったんですか?」




芝居の話になると航太の眼はきらきらと輝き出し、それは茜にもよく分かった。
同時に、それだけ芝居が好きなのだと、そう思うには十分な様子だった。




「シェークスピアの『マクベス』をベースにした一人芝居なんですけど、やっぱり役者の子が上手いんですよね。加えて、演出面でも観客を飽きさせないようにしていて、1時間があっという間でした」
「どんな演出だったんですか?」
「印象的だったのは、カメラを使って手元で人形劇みたいなのをやっているのをバックに映しながら芝居してたことですかね…」
「へー、面白いやり方だね」




高校演劇について、興味深く話を聞いてくれる航太を、茜は本当にうれしく感じていた。
彼が前に言った、“芝居をについて真剣に考えるのに、プロもアマも関係ないよ。”という言葉が、嘘でなく真実なのだと実感できたからだ。
航太は、そのまま関東大会で茜が見た芝居についても詳しく聞いていく。
同じ演劇でも、高校演劇は一切触れてこないジャンルのため、航太にとっては新鮮だったし、今の十代の子の感性に触れられるのが、非常に興味深かった。




「学校の方は、今はどんな感じなの?」
「2月は本当に何もないんです。行事的にはマラソン大会があるくらいで」
「マラソン大会か、懐かしいな」
「その日は終わったら解散なんで、生徒も大人も楽なんです。まあ、3年の担任はそれどころじゃないですけど…」
「あ、そっか。2月は受験シーズンか」
「一般受験の子たちは、もう1番大変ですね」
「俺も受験したから、なんか分かる」
「そうなんですか?」
「うん。普通に一般で受験したよ」
「たしか、一回社会人になってからデビューされたんでしたっけ」
「そう…、あ」
「はい?」
「ごめん、敬語抜けてた」
「ですね。でも、いいですよ、敬語じゃなくて」
「そう?」
「私の方が年下ですし、大丈夫です」




実を言うと、航太の敬語が抜けていたことに、茜はだいぶ前から気付いていた。
だけど、あえて指摘することでもないし、距離が近くなったような気がしていて、不快さなんて微塵も感じていなかった。




「航太さんは、これからCDのリリースがあるから、かなり忙しいですよね」
「うん、加えて舞台の稽古も始まるし、それ以外にも色々あるからね。まあでも、20周年のラストスパートだから」
「曜日とか全然関係ないお仕事だから、大変ですよね」
「でも、先生も結構そんな感じじゃない?茜さんの話聞いてるとそう思う」
「一応、カレンダー上は土日休みですけどね…。まあ、自分でやるって決めて教師になったから、頑張るしかないですよ」
「俺も、仕事があるのはありがたいことだから、頑張るしかない」




そう言うと、2人はふっと目を合わせて、同じタイミングで笑いを零した。
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