初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

2階建ての生活館は、校舎に比べると年季の入った建物だった。ガラス戸を開けて中に入ると、熱く籠った空気が、4人の体を包み込む。



「あち…」
「一気に汗出てきたな…」



4人の体が汗ばむと同時に、かすかに、自分たちではない人の声が聞こえてくる。
どうやら、玄関入ってすぐ横の、2階へと続く階段から声は聞こえてくる。



「誰先頭で行く?」
「そりゃ一仁でしょ」
「なんでだよ琉星!」
「だってお前、“好感度お化け”じゃん」
「一仁が最初に行った方が、絶対いいよ」
「暁のその自信何!?」
「一仁」
「何?リーダー」
「お前ならできる」



3人のとても爽やかな笑顔に苛立ちを感じつつも、一仁は先陣を切って階段を上り始める。
階段を上りきると、一層聞こえてくる声が大きくなった。
2階には、どうやら大部屋と思われる部屋があり、そのふすまは閉ざされている。
その中から声が聞こえてくるので、どうやら演劇部はその部屋で稽古をしているようだ。
先陣を任された一仁は、別段戸惑うことなく、そっとふすまを開けた。



「すみませーん」



一仁が室内に声をかけた1秒後、言葉にならない悲鳴が、室内から一行がいる廊下にまで響き渡った。
一仁はふすまを大きく開けて部室の中へと入り、残りの3人もそれに続いて部室に足を踏み入れた。
瞬間、涼しい空気が4人を包み、汗ばんだ体にはありがたい限りだった。
部室の中では、演劇部の部員たちが目いっぱい瞼を押し上げて、あんぐりと口を開けながらスパノヴァの4人を見つめたまま固まっていた。



「こんにちはー」
「こ、こんにちは!」



一仁の挨拶に、部員たちはひどく緊張した面持ちで挨拶を返す。
ただ、視線はスパノヴァにくぎ付けのままだ。



「顧問の先生いますか?」
「えっと…、茜先生なら、今お手洗いに…」
「うるさいよあんた達!」



一仁の質問に答えていた生徒の声を遮って、ふすまを少々乱暴に開ける音と少し怒りを滲ませた女性の声が、スパノヴァがいる所から見て左手奥から聞こえてきた。



「先生!先生!!」
「何、よっちゃんどうした…」



“先生”と呼ばれたその声の主は、スパノヴァのいる方に歩いてきているのか、声が段々と近づいてきて、そして、声が途切れた。



「……は!?」



スパノヴァの視線の先にいたのは、生徒たち同様に固まってしまった、ミディアム丈の髪の女性だった。



「え?スパノヴァ!?」
「あ、僕らのことご存じなんですね」



うれしいなーと言いながら、一仁はその女性に近づき、メンバーもそれに続いた。



「顧問の先生ですか?」
「…はい」
「実は今日、『ハロー,yourタウン』のロケなんですけど」
「はい」
「さっきミルクファームに行ってきて、そこの奥さんに、この学校の演劇部がすごいってことで、来させていただきました」
「はい」
「校長先生にはもう許可をいただいたんで、撮影してもいいですか?」
「…はい」
「ありがとうございます」



一仁の話に、その女性の顧問はただただ「はい」としか返せなかった。
無理もない、本来ならば、ここでアイドルに会えるだなんて思いもしないからだ。



「あ、じゃあ、改めて自己紹介を。リーダー」
「ああ。はじめまして、supernovaリーダーの、小倉航太です」
「北村暁です」
「今井琉星です」
「遠山一仁ですっ」
「……佐々木…茜と申します」



顧問、いや、茜はようやくここで、自分が何をすべきかという思考回路が再起動しだし、いまだざわつく部員たちを集めて座らせ、先ほど“よっちゃん”とよばれていた女子部員を呼んだ。
どうやら彼女が部長のようだった。


それから、メンバーは部長のよっちゃんと茜に演劇部や高校演劇のことについて、いくつか質問をした。
それによると、ミルクファームの奥さんが言っていたとおり、7月の終わりに全国大会に出場し、現在は秋に行われる大会の稽古を始めたところだという。
なお、ミルクファームの娘さんというのが、部長のよっちゃんであった。



「全国大会では、どういうお芝居をやったんですか?」
「『春、死なん』っていう脚本です」
「どんな内容なんですか?」
「戦時中のお話で、特攻兵と女学生の淡い恋物語です」
「え、見たいな、その芝居」



その言葉に、茜とよっちゃんは驚いて声の主を見つめた。
声の主は、航太だ。



「出たよ“芝居お化け”」
「琉星、その「うーわ」ってテンションで言うの止めて?」
「あ、えっと、大変申し訳ないんですが…、それはちょっと…」
「ほらー、ムチャ振りされて茜先生困ってんじゃん」
「一仁の言う通り。それに今、次の芝居の稽古してるんだから」
「あ、稽古は大丈夫です、暁さん。ただ…」
「ただ?」
「実は、『春、死なん』のメインキャストだった2人は高3で、全国大会で引退して今日いないんです」
「あ、そうなんだ」
「はい。代役でもできるんですけど、そうすると今までの舞台とは少し違ってしまうので…」
「なんか、すみません…」
「ダメじゃんリーダー」
「ほんと駄目だな」
「駄目だね」
「…一仁、琉星、暁、立て続けに言うな」



4人のやり取りは正にテレビで見たままで、それを生で見れたことに、部員たちはテンションが上がっていて、高揚した空気が部室内に流れていく。



「あ!じゃあさ、リーダーがその役やったら?」
「は?」
「それ名案だな、一仁」
「おい琉星!」
「いいじゃん、未来の俳優たちに、“芝居お化け”の演技、生で見せてあげなよ」
「いやでも暁、さっき先生言ってただろ、メインキャスト2人がいないって。だから俺がやっても結局一人足りねぇだろ」
「あ!」
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