初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
スタジオを出て暁と別れた3人は、琉星の車で一仁イチ押しだという、もつ鍋のお店に来ていた。
席は個室になっており、周りの人から見られたり話を聞かれることもなさそうだ。
「でもさー、なんで琉星今日来たいって思ったの?」
「だから一仁、口に物入れたまま喋んな」
航太に注意された一仁は、やはり口に物を入れたまま、「はーい」と返事をする。
目の前で繰り広げられる45歳と37歳のやり取りに、琉星は特に何も思わず一仁からの問いかけの答えとなる言葉を探す。
「…ちょっと…、気になったんだよ」
「何が?」
「……リーダーが」
「俺?」
「なんでなんでー?」
琉星が航太を気にする理由に全く見当がつかない本人と一仁は、ただただ疑問の眼を琉星に向ける。
当の琉星は、口をもごもごとさせている。
これは、琉星が言葉を探している時の癖で、決して口に物が入っている訳ではないと航太も分かっているので、それについては何も言わない。
「…この間さ、リーダー、暁にお土産買ってきてたじゃん」
「お土産……?」
「あ、あれだ。なんかショウガのお菓子買ってきたやつ」
「あー」
「え、何、もう忘れちゃったの?」
「いやお土産って感覚じゃなかったから」
「そん時さ、暁が「先生とはどうだったの?」って聞いてたじゃん」
瞬間、航太の箸を持つ手がぴたりと止まった。
でもそれはほんの一瞬で、次の瞬間にはもう元に戻っていた。
だけどそれを、20年以上一緒にいるメンバーが見逃すはずもない。
だけど琉星も一仁も、あえてそれについては言及せず、琉星は話を続ける。
「リーダーそん時、普通に楽しかったよって言ってたけど、全っ然楽しかったオーラ出てなかったから…、なんかあったなって思って」
どこか照れがあるのか、気づけば琉星は航太から視線を外していた。
そんな琉星の様子を、航太はまっすぐ見つめている。
「……ほんとお前は、よく人を見てるね」
その言葉に、琉星が航太に視線を戻すと、航太は眉尻を下げた少し情けない笑顔で琉星を見ていた。
「わりぃな、余計な心配させちまって」
「リーダー」
「ん?」
「別に、リーダーが言いたくないなら無理に言わなくていいよ。ただ、俺が気になっただけだから」
「琉星……」
「お互いもういい年だし、プライベートまで口挟みたくないし」
「でも、20年以上一緒にいるメンバーですから、心配しちゃうんですよ」
琉星に続いてそう言ったのは、一仁だった。
机を挟んで座る琉星と一仁の顔を、航太は何も言わずに見つめていた。
いつの間に、こんな大人になったのだろうと、航太は思った。
初めて琉星と一仁と会ったのは、デビューの半年前。オーディションに受かった今のメンバーとの初の顔合わせの時で、琉星と一仁はまだ15、6歳で、まだまだ幼さが残る時期だった。
既に成人を迎えていた航太からしたら、2人は圧倒的にガキだった。
グループ結成からデビューまでの期間、オーディション合格直後から個別に行われていた歌とダンスのレッスンは引き続きみっちり行い、デビューシングルとファーストアルバムのレコーディングとMV撮影、そしてファーストライブの準備やプロモーションにと追われていった。
年齢的にまだ子供でも、芸能界では大人と共に仕事をして、大人同様に見られていく。
そんな琉星と一仁を、航太は毎日叱り続けた。
挨拶は必ずしろ、返事はもっとちゃんとしろ、遅刻するな、与えられたことはちゃんとやれ。
自分自身、芸能界という未知の世界で分からないことだらけだった。
でも、こいつらはもっと分からない。
だから、リーダーである俺がちゃんとさせなければ。
彼らを、守らなければ。
ただただ、そんな思いだった。
たが、そんな調子だから琉星と一仁とは常にピリピリした状態で、それを暁が何とか繋いでくれていた。
一仁とはデビューして半年ほどでようやく打ち解けてきたが、琉星とはバチバチとした状態が続いていた。
それでも1年程が経ち、琉星とは大喧嘩の末、何とか打ち解けられるようになった。
航太にとって、琉星と一仁は弟の様な、はたまた自分の子どもの様な、そんな存在だった。
そんな彼らの成長に、航太は鼻の奥がツンとした。
昔だったらきっと、「なんでもねぇよ」と言って、心配をかけまいとしていただろう。
でも今は、今の彼らなら、何があったか言える。
「……会いたい時に会える関係になりたい、って言った」
「茜先生に?」
「ああ」
「それって、付き合ってくれってこと?」
「……そう」
「先生、何だって?」
「いや、いきなり言われて困るだろうから、落ち着いて考えてって言った」
「そっか」
「あと……」
「あと?」
「断るって返事になってもいいって、言った」
そう航太が告げると、琉星と一仁はハッとした表情になった。
航太からの話は続かず、店内の音だけが遠くから聞こえていた。
「……リーダーは、それでいいの?」
少しの沈黙の後、それを破ったのは琉星だった。
「まあ、駄目なら駄目でしょうがねぇだろ」
「ほんとに?」
一仁は納得のいかなさそうな声音で航太に問う。
隣の琉星も、やはりどこか納得のいっていない表情で航太を見ている。
「俺が嫌でも、もうボールは投げちまったんだ。待つしかねぇし、その結論を受け入れるしかねぇよ」
「……リーダー」
「ん?」
「言ってくれて、ありがとう」
琉星はまっすぐに航太を見つめて、そう言った。
一仁も続けて「ありがとう」と言い、航太はそんな二人を見て、嬉しそうに笑った。
席は個室になっており、周りの人から見られたり話を聞かれることもなさそうだ。
「でもさー、なんで琉星今日来たいって思ったの?」
「だから一仁、口に物入れたまま喋んな」
航太に注意された一仁は、やはり口に物を入れたまま、「はーい」と返事をする。
目の前で繰り広げられる45歳と37歳のやり取りに、琉星は特に何も思わず一仁からの問いかけの答えとなる言葉を探す。
「…ちょっと…、気になったんだよ」
「何が?」
「……リーダーが」
「俺?」
「なんでなんでー?」
琉星が航太を気にする理由に全く見当がつかない本人と一仁は、ただただ疑問の眼を琉星に向ける。
当の琉星は、口をもごもごとさせている。
これは、琉星が言葉を探している時の癖で、決して口に物が入っている訳ではないと航太も分かっているので、それについては何も言わない。
「…この間さ、リーダー、暁にお土産買ってきてたじゃん」
「お土産……?」
「あ、あれだ。なんかショウガのお菓子買ってきたやつ」
「あー」
「え、何、もう忘れちゃったの?」
「いやお土産って感覚じゃなかったから」
「そん時さ、暁が「先生とはどうだったの?」って聞いてたじゃん」
瞬間、航太の箸を持つ手がぴたりと止まった。
でもそれはほんの一瞬で、次の瞬間にはもう元に戻っていた。
だけどそれを、20年以上一緒にいるメンバーが見逃すはずもない。
だけど琉星も一仁も、あえてそれについては言及せず、琉星は話を続ける。
「リーダーそん時、普通に楽しかったよって言ってたけど、全っ然楽しかったオーラ出てなかったから…、なんかあったなって思って」
どこか照れがあるのか、気づけば琉星は航太から視線を外していた。
そんな琉星の様子を、航太はまっすぐ見つめている。
「……ほんとお前は、よく人を見てるね」
その言葉に、琉星が航太に視線を戻すと、航太は眉尻を下げた少し情けない笑顔で琉星を見ていた。
「わりぃな、余計な心配させちまって」
「リーダー」
「ん?」
「別に、リーダーが言いたくないなら無理に言わなくていいよ。ただ、俺が気になっただけだから」
「琉星……」
「お互いもういい年だし、プライベートまで口挟みたくないし」
「でも、20年以上一緒にいるメンバーですから、心配しちゃうんですよ」
琉星に続いてそう言ったのは、一仁だった。
机を挟んで座る琉星と一仁の顔を、航太は何も言わずに見つめていた。
いつの間に、こんな大人になったのだろうと、航太は思った。
初めて琉星と一仁と会ったのは、デビューの半年前。オーディションに受かった今のメンバーとの初の顔合わせの時で、琉星と一仁はまだ15、6歳で、まだまだ幼さが残る時期だった。
既に成人を迎えていた航太からしたら、2人は圧倒的にガキだった。
グループ結成からデビューまでの期間、オーディション合格直後から個別に行われていた歌とダンスのレッスンは引き続きみっちり行い、デビューシングルとファーストアルバムのレコーディングとMV撮影、そしてファーストライブの準備やプロモーションにと追われていった。
年齢的にまだ子供でも、芸能界では大人と共に仕事をして、大人同様に見られていく。
そんな琉星と一仁を、航太は毎日叱り続けた。
挨拶は必ずしろ、返事はもっとちゃんとしろ、遅刻するな、与えられたことはちゃんとやれ。
自分自身、芸能界という未知の世界で分からないことだらけだった。
でも、こいつらはもっと分からない。
だから、リーダーである俺がちゃんとさせなければ。
彼らを、守らなければ。
ただただ、そんな思いだった。
たが、そんな調子だから琉星と一仁とは常にピリピリした状態で、それを暁が何とか繋いでくれていた。
一仁とはデビューして半年ほどでようやく打ち解けてきたが、琉星とはバチバチとした状態が続いていた。
それでも1年程が経ち、琉星とは大喧嘩の末、何とか打ち解けられるようになった。
航太にとって、琉星と一仁は弟の様な、はたまた自分の子どもの様な、そんな存在だった。
そんな彼らの成長に、航太は鼻の奥がツンとした。
昔だったらきっと、「なんでもねぇよ」と言って、心配をかけまいとしていただろう。
でも今は、今の彼らなら、何があったか言える。
「……会いたい時に会える関係になりたい、って言った」
「茜先生に?」
「ああ」
「それって、付き合ってくれってこと?」
「……そう」
「先生、何だって?」
「いや、いきなり言われて困るだろうから、落ち着いて考えてって言った」
「そっか」
「あと……」
「あと?」
「断るって返事になってもいいって、言った」
そう航太が告げると、琉星と一仁はハッとした表情になった。
航太からの話は続かず、店内の音だけが遠くから聞こえていた。
「……リーダーは、それでいいの?」
少しの沈黙の後、それを破ったのは琉星だった。
「まあ、駄目なら駄目でしょうがねぇだろ」
「ほんとに?」
一仁は納得のいかなさそうな声音で航太に問う。
隣の琉星も、やはりどこか納得のいっていない表情で航太を見ている。
「俺が嫌でも、もうボールは投げちまったんだ。待つしかねぇし、その結論を受け入れるしかねぇよ」
「……リーダー」
「ん?」
「言ってくれて、ありがとう」
琉星はまっすぐに航太を見つめて、そう言った。
一仁も続けて「ありがとう」と言い、航太はそんな二人を見て、嬉しそうに笑った。