初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
翌日から、またいつもの忙しい毎日が始まっていく。
激流の中にいるようなスケジュールであったが、そのカメラの向こうに、自分たちを待っていてくれるファンがいる。
ツアーを行い直接ファンと会えたことで、そのことを改めて実感できた4人は、全力で目の前の仕事と向き合っていた。


そして、MV撮影から2日後。
バラエティ番組の収録が終わり、テレビ局の楽屋でメンバーは帰り支度をしていた。
と、そこにお手洗いに行っていた航太が戻ってきた。




「航太」
「んー?」
「スマホ震えてたよ」
「おお、さんきゅ」




そう暁に言って、航太はテーブルの上に置いていたスマホを持って、ディスプレイを表示させた。


と、その瞬間。航太の眼はディスプレイにくぎ付けになった。
そこに表示されていたのは、茜からメールが来たという通知だった。


確かに、彼女からの連絡を待っていたのだが、今は全く想定していなかったため、完全に思考が停止してしまった。
それに併せて動きも止まってしまっていたため、その姿を認めた他のメンバーから不審がられるのは無理もなかった。




「リーダー?どうしたの?」
「石像みたいになってるぜ」
「航太?」




メンバーからの問いかけに答えなくてはと航太は思うが、一旦止まった思考はなかなかうまく働いてくれない。




「あ!分かった!」
「はい一仁」
「茜先生からメール来たんだ!」




一仁から発せられた『茜先生』という言葉に、航太は明らかな反応を見せる。
3人以外の人が見ても、何かあったのだろうと分かるくらいに。




「リーダー」
「……何だ、琉星」
「今見ちまえよ、メール」
「へ?」
「今なら、俺らいるし」




そう言うと、暁と一仁もうんうんと頷いた。
琉星はその先を言わなかったが、航太には伝わった。
航太は、深く息を一つ吐くと、受信ボックスを開き、茜からのメールをタップして、メッセージを表示させる。




『お久しぶりです。
遅くなってしまい、すみません。
この間の件について、お話があります。
お忙しいところ申し訳ありませんが、
電話ができるお時間はありますか?』




表示されているメッセージを、航太は何回も読み直した。
それから、顔を上げて自分の周りにいるメンバーを見る。




「……セーフ」
「セーフか」
「ひとまずよかったじゃん」
「生き延びたね、航太」




3人はそれぞれに航太に言葉をかけ、航太の元から離れていく。
心配はするけど必要以上には突っ込んでこないこの距離感の取り方に、航太はありがたさを感じると同時に、自然とそんな風に振る舞えるほど、こいつらと一緒にいたのかと改めて実感した。
それから、航太はスマホに向き合い、返信を打っていく。




『お久しぶりです。
仕事の都合上、夜遅い時間でも大丈夫なら、
ひとまず今日・明日は大丈夫です。』




ざっと内容を読み返してから、その流れに任せて航太は送信ボタンをタップした。


先日、琉星と一仁に言ったが、もうボールは向こうにある。
なおかつ、そのボールを投げ返すと言ってきてくれている。今の自分に出来るのは、どんなボールが返ってきても、受け止めることだけだ。
航太はスマホをポケットにしまうと、帰り支度の続きを再開した。
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