初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
初老アイドルが一般人女子との恋を成就させた後

7 春

日本では、様々なことが4月から始まる。
3月を一つの区切りとして、4月から新しい日が始まっていく。
学校はそれを代表するような場所であろう。



新年度になり、茜は順当に2年生のクラス担任を務めることになった。
なお、香代も順当に3年生の担任になり、これから始まる忙しい1年に遠い目をしていた。
新しいクラスの準備がひと段落した茜は、新歓準備にいそしむ演劇部に顔を出そうと、校舎を出て生活館に向かって歩いていた。
その空気は暖かく、春が来たんだということが肌で感じられる。
1カ月前までは部室に行くのにコート必須だったな、と思い出しながら、茜は歩みを進める。



そうして生徒館前までやってきた茜の目に飛び込んできたのは、満開近くまで咲き誇った、桜の木だった。
この学校で一番大きい桜の木は、生徒館のすぐ横に植えられていて、演劇部の部室からもよく見える。
そのため、この時期「花見」と称したお菓子パーティーが演劇部で開催されている。



茜は桜の木の前で立ち止まり、しばし咲き誇る桜に見入った。
この毎年見事に咲き誇る桜が、茜は大好きだった。
新年度で忙しいこの時期ではあるけれど、毎年茜はここで桜を眺める時間を作っていた。



不意に、航太にもこの桜を見てほしいと、茜は思った。
自分が好きなこの桜を、彼にも見てほしい。
そう思った茜は、スマホを取り出して咲き誇る桜の木を写真に収めた。
しかし、それをすぐに航太に送ることはせず、茜は一旦スマホをしまう。


このような場所で航太にメールを送り、もしその画面を誰かに見られてしまったら。


考えただけで恐ろしい。
だから茜は、メールを見るのも送るのも、必ず自宅だけと決めていた。
と、部室のある生徒館の2階から、盛り上がる声が聞こえてくる。
その楽しげな様子に、茜はふっと笑みを零して、生徒館の方へ歩き出した。



その夜、茜は昼間に撮った桜の写真を航太に送ったが、茜が寝るまでに返信はなかった。
21周年突入記念シングルのリリースが近づいているので、恐らく仕事が忙しいのだろうと想像がつくので、茜としては想定の範囲内だ。
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