Don't let me go, Prince!
「渚には申し訳ないと思いながらも、私はどうしてもこの場所に一度戻ってきてしまいます。渚を待たせていると分かっていながらこの場所に逃げていました。」
「弥生さんが逃げているのは私から?それとも……あの屋敷がそんなに嫌いなの?」
私の気が強すぎて弥生さんは私から離れたくなった?それともお義父さんから譲られたあの場所に馴染む事が出来なかったという事?
「どちらも、かもしれません。渚に幻滅される不安も、あの屋敷に戻る事も。あの屋敷は私がいるべき場所だとは思えない……ここだから渚に話す事が出来ることもたくさんあるのです。」
弥生さんに幻滅なんてしないのに……もしかして弥生さんは私が思っているよりもずっと愛情を渡す事と貰う事を怖がっているのかもしれない。
「質問を戻すわ。私を妻に迎えた理由は?弥生さんならもっといろんな女性を選べたはずでしょう?」
こんな気の強い、普通の家の三十路近い女の私を何故選んだの?もっと若くてかわいい子が貴方に会いに来ていた事を私は知らない訳じゃない。
「渚は私と出会った時の事を覚えていますか?」
「私が近所の子を弥生さんの病院に連れて行った時の事?」
確か冬休みの出来事だったかしら?たまたま近所の子が木から落ちたところに遭遇して、その子の行きつけの病院に連れて行ったの。それが弥生さんの勤めている小児科だった。
「そう……ですね。でも本当はそうではないのです。私と渚はもっと前に一度出会っているのです。」
「いつ?いつの話?」
「渚に思い出して欲しい。そう思う私は欲張りなのでしょうか?」
弥生さんの少しだけ寂しげな表情を見て、思い出せない自分が憎らしくなる。きっと彼は私が思い出すのをずっと待っていてくれたのかもしれない。