主人と好きな人。

朝、寝ている健次を起こさないようにベッドを降り朝食とお弁当を作った。
今日はオムレツとサラダにした。
トーストはいつも通り、今日は注意されないようにコーヒーをあらかじめ用意した。
トーストの焼ける匂いが部屋中に漂った頃、ミシッミシッと床がなる音がした。


「おはよ」

「おはよう、けんちゃん」


いつものようにエプロンをかけ椅子に座る。
いつもはサラダなんかつけない。
代わり映えのしない日々に飽きてしまい、いつもと違う朝にしたかっただけだった。


「なに・・・オムレツ?」

「そう!チーズ入りにしてみたの!けんちゃんチーズ好きでしょ?」

「・・・朝からカロリー高ぇよ・・・俺頭痛いしコーヒーだけでいいわ。」


健次はテーブルに置いてあるマグカップを掴みリビングにあるソファーへ座った。

「・・・・・・・・・・・。」

いつもと代わり映えしない日々を少し変えようとしてみただけなのに。
あたしの目の前には2人分の朝食が並んでいた。
朝早起きしてるのは夫婦でたわいも無い話しをしながら朝食を食べる為。
それすらも出来なくなって、愛する事なんかもっと前に無くなってたのに。
なんの意味もないじゃない。
一緒にいる必要が無くなってる気がした。


目の前にある朝食を1人で食べている間、むなくして涙がこぼれるのを耐えた。
無理やり2人分の朝食を食べた後、わざと音を立てて食器を洗った。
洗っている最中、何かを言いたそうに健次があたしを見たけどあたしは敢えて気づかないふりをした。


「じゃぁ・・・行ってくる。」

「・・・・・・・・・・。」


玄関のドアが静かに閉まるのを見届け、あたしは出勤の準備をした。
鏡台の前に座りいつも通りナチュラルメイクを行なっていく。

いってらっしゃいを言わなかったのは結婚してからはじめてだったかもしれない。
あたしと健次は大きな喧嘩をしたことがない。
2人とも争い事を好まないからだ。
何かあっても我慢して、いつの間にか「普通」に戻るまで相手の勘に触らないように。
喧嘩をするのが面倒だった。だから我慢していた。

 主人が朝食を食べてくれなかった。

ただそれだけの事なのに。なんでそんなにイライラしてしまったのか。


「はー。」


家の中に誰かいる訳でもないのに。大きなため息をついた。
ナチュラルメイクもあとは色付きのリップを塗るだけで終わる。


「・・・・・・・・・・・。」


カチャカチャと化粧品が当たる音がする。
あたしがその日選んだのは、買ったっきり一度も使ったことがない
真っ赤な口紅。
すっと唇に色を入れると、いつも見ている自分の顔なのに初めて会った人のような感覚になった。
朝たった一言「行ってらっしゃい」を言えなかった罪が少し薄れた気がした。



< 6 / 17 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop