辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
ブラウナー侯爵はさっと顔を怒りで赤く染めた。太っているせいで丸い顔が、まるで茹でダコのようだ。
「アハマス卿は若い故によく分かっていないようだ。我がブラウナー侯爵家と良好な関係を築けないと、困るのはそちらだ」
『その言葉はそのままお返しする』といいかけて、セシリオはぐっと黙り込んだ。アハマスが兵器を買わなければ、ブラウナー侯爵家にとっては一番の収入源が途絶えて大打撃となるはずだ。しかし、今のこの大事なときにブラウナー侯爵と険悪になるわけにはいかない。少なくとも、フィリップ殿下からの黄色い親書に書かれた期日までは。
黙り込んだセシリオを見つめながら、不機嫌顔のブラウナー侯爵が腰を上げた。
「今夜はこれくらいで失礼する。アハマス卿、あなたは少し頭を冷やされた方がいい」
捨て台詞を吐くと、ブラウナー侯爵はステッキをついて執務室から出ていった。そのブラウナー侯爵の後ろ姿を眺めていたセシリオは、ドアを開けたすぐ向こうに何かが落ちていることに気が付いた。
「なんだ?」
ソファーから立ち上がったセシリオがそれを拾いあげて眺めると、ハンカチだった。縁に深緑の線が入ったそのデザインは見覚えがある。そして、ハンカチには剣と盾、それに『S』が刺繍されていた。
「サリーシャ?」
セシリオはパッと顔を上げると暗い廊下の向こうに呼び掛ける。どこまでも続く暗闇の通路は、しんと静まり返っていた。