この恋は、『悪』くない。
「ダセー…オレ…
…
今まで、好きでもない女抱いてさ
何の感情もなく
ただ欲求満たしてさ…
…
抱いた後は
いつも虚しいだけだった」
涙に混じって
樽崎くんの声が聞こえる
今日は
特に?
今までで
1番虚しくなった?
私
勘違いしてた
彼女だったら
ふたりの気持ちが通じ合ってたら
成り立つものだと思ってた
今日も
樽崎くんの欲求を満たす為だった?
なのに
欲求も
感情も
満たせなかった
私
「樽崎くん…ごめ…ごめんなさい…」
唇が震えた
ずっと堪えてた涙が溢れて
指先で押さえた
「え…?は…?
なんで、沙和泣いてんの?」
樽崎くんの驚いた声がした
「ごめ…ごめんなさい…
私と付き合ったこと
後悔したなら…私…
すぐアパート探して出て行くので…」
「え、沙和?なんで?
意味わかんねー
オレ、後悔なんてしてないし…」
「…嘘…
嘘、つかなくて、いい…です…」
きっと私が泣いたから
そう言ってくれてる
「沙和…ごめん…
もしかして、またこわがらせた?
…
ホント、ごめん!
…
オレとしては
大切にしてるつもりだったのに
伝わらなかったかな…」
「…こわい…こわいよ…
…
樽崎くんに、嫌われたくない…
…
私、樽崎くんのこと、好き、です
…
好き、でした
…
そんなこと思って、ごめんなさい…」
「沙和…」
樽崎くんの声が
すぐ隣から
優しく耳に届いた
もぉ
優しくなんか
しなくていいよ
「沙和、聞いて…」
そう言った樽崎くんの声が
少し震えたのがわかった
私は涙を押さえたまま
頷いた
「オレさ
今まで、女の子に
好きとか言ったことない
…
照れくさいとかじゃなくて…
…
ちゃんと恋愛したこともねーし
決まった彼女いたこともない
…
人をちゃんと
好きになったことないから…
…
沙和が初めてなんだ
好きって言ったの
…
沙和しかいないんだ
好きになったの
…
信じてほしい
…
…
だから…
好きな子抱いたのも
今日が初めてなんだ
…
…
沙和と一緒に住むようになって…
…
やっと、付き合うことになって…
大切にしたいな…って
心から思ったんだ
…
沙和の嫌がることしたくない
沙和にこわい思いさせたくない
沙和に嫌われたくない
…
考えたら、こわくて…
何もできなくて…
…
今日もスゲー緊張した
…
沙和がかわいくて…
沙和が好きで…愛しくて…
気持ちが抑えられなかった
…
好きな女抱くのって
こんなに気持ちが高ぶるんだ…って
なんか、胸がいっぱいで、感動した
…
ごめん、それで泣いた
別に沙和のこと嫌いになったとか
そんなんじゃないし…
…
もっと、好きになった
…
10年ずっと好きだった人だからさ…
ずっと大切にしたいと思ってる
…
沙和がオレのこと想っててくれるなら
オレはずっと沙和が好きだし…
…
沙和がもし
オレのこと嫌いになったら…
…
んー…そんなこと考えたくねーけど
それでもたぶん沙和が好き
…
だから、こわい
沙和に嫌われるの
…
沙和じゃなきゃ
ダメなんだ
…
ホント、こんなだけど
オレ、沙和のこと好きな気持ちは
本気だから…
…
大切にするから…
後悔させないから…
…
沙和…」
樽崎くんが今
私に言ってくれたことが
本当なら
夢じゃなかったら
私は…
私は
すごく幸せで
こんな私を
10年も想い続けてくれた
樽崎くんを
信じられないなんて
私は
まだまだ
樽崎くんの彼女にふさわしくない
でもね…
「樽崎くん…好き…
…
頑張るから…
私、頑張るから…
…
樽崎くんの彼女でいさせてください」
樽崎くんの彼女でいたいの
樽崎くんの特別になりたいの
溢れる涙を
両手で押さえたら
樽崎くんが
抱きしめてくれた
「だから…頑張らなくてもいいって…
…
オレも好きだから、大丈夫だよ」
大好きな大きな手が
私の髪を撫でてくれた
「んーーー…」
「沙和、泣かないでこっち見て…
オレの方、見て…」
「んーーー…」
ダメだ
涙が止まらない
「沙和…ちゃんと、見えてる?
…
オレのこと、ちゃんと見えてる?」
「んーーー…見えない…」
いつの間にか外れてたメガネに
樽崎くんが手を伸ばして
私にまた掛けた
「ちゃんと、見てよ」
メガネがあっても
涙で樽崎くんがボヤける
「樽崎くん…
ちゃんと、見えないけど…
…
ちゃんと…
樽崎くんのことが、好きです
…
樽崎くんのこと…信じたい」
ーーー
樽崎くんにキスした
焦点がズレて
樽崎くんの唇から少し外れた
「フ…かわいいな…沙和…
今の、キスのつもり?
メガネもズレてるし…」
バカにされた
「…うん…」
樽崎くんみたいに
上手くできないけど
樽崎くんのこと好きだよ
「好きだよ…
…
山咲…」
ーーーーー
今度は
樽崎くんの唇が
ちゃんと
私の唇に重なった
山咲…
「うん…好き…樽崎くん…」
樽崎くんが呼ぶ
山咲も
好き
「フ…
山咲…って呼んだ時の顔が
オレ、一番好き…
…
愛してる…とか
一生オレには縁のない言葉だと思ってたけど
使うなら今かな…って
さっき考えてた
…
…
山咲…
…愛してる…」
冷たくなった身体が
また熱くなる
山咲…
そう呼ばれると
一瞬
中学生に戻る自分がいる
山咲…
そう呼ぶ樽崎くんも
一瞬
あの時の樽崎くんに重なる
愛してる…って
あの時は
そんな気持ち
知らなかったから
不思議な気持ちになる
そんなこと
樽崎くんから言ってもらえるって
思ってなかった
「フ…沙和、あの時と変わらない
変わらなく、かわいい」
泣いてグチャグチャになった顔
樽崎くんが
かわいいって言ってくれた
「ハハ…樽崎くんも変わらないよ
優しくて、純粋…」
「フ…」
「ハハ…」
ふたりで
照れて笑った
触れてる肌が
くすぐったくて
また愛しくなる