エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
 そこで父の携帯が鳴った。どうやら仕事の案件なのか外に出てくると告げ、図らずとも俺は武志さんとふたりになる。

『稀一、お前こそ今、付き合っている相手はいるのか』

『あいにく、仕事が恋人みたいなものです』

 武志さんの質問をお決まりの文句でかわす。事実なのだが、下手にいないと言って誰かを紹介すると言われるのも面倒だ。

『そうか、なら俺になにかあったら日奈乃を頼む。なんなら結婚してやってくれ』

 ところが続けられた言葉に一瞬、思考が停止する。

 聞き間違いを疑いつつ、いつもの冗談かと思って武志さんを改めて見ると、彼の顔は真剣そのものだった。

『どうしたんですか?』

『世の中、なにがあるかわからないからな。俺もいつどうなるか……そうなるとひとり残される日奈乃が心配になったんだ』

『縁起でもないこと言わないでください』

 とてもではないが、冗談では流せない。強めの口調で返したが、武志さんは悲しげに笑った。

『そうだな。ただ早苗(さなえ)が亡くなったとき、落ち込む俺に気遣って日奈乃には随分無理をさせた。あいつも母親を亡くしてつらかっただろうに。いつもそうなんだ、遠慮してばかりで……だからあいつをちゃんと支える相手に託したい』

『日奈乃の意思は無視ですか?』

 彼の言い分は理解できた。だからといって、わかりましたと言うわけにもいかない。そこで武志さんは相好を崩す。
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