エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
『一年くらい前、すごく綺麗な人と親しそうに並んで歩いているのを見たから』

 言われてもぱっと思い出せない。一体、なんの話だ?

 思い当たる節としては、久しぶりこちらにいる同期と集まって飲んだときに、たまたま道中で一緒になった女友達がいた。

 たしかに懐かしい話で盛り上がった気がするが、特段親密そうにした覚えもない。

『彼女じゃない。たぶんひなが見たのは大学の同期じゃないか? 何人かで集まったときがあって、会場へ向かう途中に会った女友達がいたから』

 正直に説明するが、どうも日奈乃は納得しきれていない表情だ。さらに念を押しておく。

『少なくともここ何年も恋人はいない』

『そう、なんだ』

 そこでわずかに日奈乃が安堵めいた顔になる。それは俺に恋人がいないことに対してなのか、自分のせいで恋人との時間を割いているという事実がなかったからなのかは定かではない。

『日奈乃こそ、誰か付き合っている相手はいないのか?』

 思い切ってこちらからも質問してみるが、内心では口にするのが躊躇われた。日奈乃は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、すぐに全力で否定する。

『い、いないよ! そんな人いない』

 そこまで必死になる必要はないと思うのだが、彼女の回答にホッと胸を撫で下ろしている自分もいた。

『稀一くん、ありがとう。今だけじゃなくて、お母さんのときも……その前からずっと変わらずに私を助けてくれて』

『どういたしまして』

 余計なことは言わずに短く返すと、日奈乃がかすかに笑った。
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