エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
 質問の代わりに心を奮い立たせ、彼との隔たりをなくすように自ら稀一くんの胸に顔をうずめ抱きついた。

「……もしも好きな人ができたから私と別れてほしいって言ったらどうする?」

 声に出したのか出さなかったのか、とっさに判断がつかない。

 よっぽど頭に残っていたらしく、先ほどのドラマの台詞が口を衝いて出た。稀一くんに妙な誤解を与えるわけにはいかないのですぐに言い訳しようと顔を上げる。

「あの」

「ひとまずひなの言い分をじっくり聞くかな」

 私がなにかフォローする前に稀一くんはさらりと答えた。頭を撫でられ、相変わらず落ち着いた物言いに私の方が動揺していると悟る。

「ち、違うの。これ、さっき見ていたドラマにあった台詞で、ちょっと印象に残っていたから……」

 しどろもどろに説明する一方で落ち込んでいる自分に気づいた。

 私、どこかで期待していたのかな。もしかすると稀一くんもさっきのドラマの夫役の彼みたいなことを言ってくれるんじゃないかって。

 試そうとしたわけじゃない。稀一くんはドラマの中の人物とは違う。わかっているのに、気持ちが沈んでいくのを止められない。だって……。

「逆にひなならどうするんだ?」

 不意に放たれた質問に、一瞬思考が停止する。そして稀一くんの整った顔をじっと見つめ、何度か瞬きを繰り返した後、彼の発言の意味を咀嚼していった。
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