エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
 先に家を出る稀一くんを見送るため玄関に足を運ぶ。仕立てのいいスーツを身に纏い、髪をきっちり整えてまったく隙がない。彼の職業が職業だけに貫禄は十分だ。

 稀一くんは一度、自身の腕時計に目を遣る。

「あまり遅くはならないようにする」

「うん、でも無理しないでね」

 結婚してから稀一くんは極力早く帰ってくるようになった。以前は、外国の企業が相手なのもあり、かなり無茶な働き方をしていたみたい。これは稀一くんのご両親からの情報だ。

 基本的に仕事に関する資料は職場から持ち出せない。守秘義務もあるので、実際に彼がどのような案件に携わって、どんな仕事のストレスを抱えているのかは私にはまったくわからない。

 たまに深夜、家で仕事に関する作業に追われているみたいだが、もちろん詳細は知らない。

「じゃぁ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 こうやって仕事に向かう彼を笑顔で見送るのが精いっぱいだ。稀一くんの背中に小さく手を振ると、ふいに彼がこちらを向いた。

 なにか忘れ物でもしたのかと尋ねる前に頬に手を添えられ、唇を掠め取られる。

 続けてよしよしと頭を撫でられ、あまりにも無駄のない動きに私は目を瞬かせた。

「武志さんによろしく」

 笑顔で告げられ、私はこくりと頷いた。今度こそ稀一くんは家を後にする。

 いつもそう、結局全部彼のペースだ。嫌ではない。でも、私はわずかに気になっていることがあった。
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