S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う

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眠れない夜は初めてかもしれない。
母を亡くしたときも父を亡くしたときも、一睡もできないなんてなかった。

朋久のいないベッドで何度も寝返りを打ち、遅すぎる時間の流れに鬱々としながら、ようやく東の空が白みはじめた翌朝、菜乃花は着替えてマンションを出た。

まだ完全に目覚めていない街は、静粛な時を刻んでいる。大通りでタクシーを捕まえ、廉太郎から告げられた衝撃的なひと言に動揺したまま実家を目指した。

廉太郎が『自宅にいったら、なにかそれに繋がるものがあるかもしれない』と言っていたためである。
全然眠っていないのに、車に揺られて睡魔にも襲われない。頭の中は〝あるワード〟でびっしり埋め尽くされていた。

久しぶりにやって来た実家は、当時の面影そのまま。父の葬儀の後に時が止まり、ここだけ取り残されたよう。今にも父が〝おはよう〟と寝室から起きてきそうだ。

真っ先にその寝室へ足を運ぶ。
十四畳ほどの部屋には布団こそないが、大きなベッドが真ん中に残されている。開けたクローゼットの中は洋服や小物がびっしり。父が悲しみから母の遺品を処分できず、ほとんど手つかずのまま父まで亡くなった。
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