S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う

珠美が浩平の法律事務所で働いていたのは知っている。浩平が、菜乃花の父・信吾(しんご)に珠美を紹介したことも。

少なくとも今、菜乃花が手にしている写真のふたりは、仕事上の付き合いだけに留まらない雰囲気に溢れている。
写真に印字されているのは、菜乃花が生まれる二年前の日付。ふたりは珠美が結婚する前に付き合っていた――つまり不倫関係にあったと言うのか。

廉太郎の証言と写真が指し示す答えに体が震える。

いや、そんなはずはない。
そう必死に打ち消すが、一度抱いた疑惑は菜乃花の頭と心を渦巻く。透明な水に落とした真っ黒い絵の具のように、あっという間に広がっていった。

しばらく茫然と座り込んでいた菜乃花だったが、バッグからスマートフォンを取り出して朋久の連絡先を表示させる。彼に電話を掛けようと〝発信〟をタップしかけた指を止めた。
とてもじゃないが、こんなショッキングな話を朋久にはできない。

(どうしよう……)

途方に暮れる以外になく、今にも全身から力が抜けてその場に倒れてしまいそうだ。それでもどうにかこうにか堪え、スマートフォンの履歴を辿り耳にあてる。


「もしもし、菜乃花です……」
『あぁ菜乃花ちゃん、どうした』
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