S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
「悪いことは言わない。離婚は急いだほうがいいだろう。だが、朋久くんには真実を話さないのが賢明だ」
「それは……わかってる」
朋久にこんなむごい事実は伝えられない。彼の両親にだってそうだ。
これは菜乃花ひとりの胸にだけしまっておくべきもの。ほかの誰も傷つけたくない。
菜乃花はもうひとつの封筒も受け取り、自分のバッグに入れた。
「すべてのカタがついたら連絡を待ってるよ。充も私も、菜乃花ちゃんの味方だ。いいね? 待ってるから」
「……いろいろとありがとうございました」
力なく頭を下げ、ひと口も飲めなかったカフェラテを置き去りにコーヒーショップを出る。
足取りが重く、歩いているのに進んでいる気がしない。たくさんの人が菜乃花を追い越し、まるで存在も認識されていないみたいに置いてきぼりをされているよう。
ネオン煌めく賑やかな夜の街で、菜乃花だけ灰色の空気をまとい、完全に色を失くしていた。