S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
気づいたら菜乃花は自宅マンションの前にいた。電車に乗った記憶もなければ、改札を抜けた感覚もない。コーヒーショップのあたりからワープしてきたような感じだった。
(朋くん、もう帰ってるかな……)
離婚届が入ったバッグをギュッと握りしめ、マンションを見上げる。
廉太郎が放った『離婚は急いだほうがいいだろう』との言葉が、先ほどから何度も頭を過っていた。
血が繋がっていると判明した以上、廉太郎の言うように結婚生活を続けていけないとわかってはいても、心はそう簡単に割り切れない。それどころか別れなくてはならないと思うと、余計に朋久が恋しくなる。
ゆっくり足を踏みだし、エレベーターに乗り込む。別れをどう切り出したらいいのか、まったく見当もつかない。
帰り着いた玄関には朋久の靴が整然と並んでいた。すでに帰宅しているようで、体じゅうに緊張が走る。
重い足取りでリビングへ行くと、朋久がいつもの爽やかな笑顔で「おかえり」と出迎えてくれた。
「遅かったな。先に帰ってると思ったんだけど」
「ただいま」
なんとか笑みを浮かべたが、目を逸らしてしまった。