S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
「……よく知らないが、いるんじゃないか」
そんな存在など耳にしていないくせに、朋久の口からはなぜか存在をほのめかす言葉が出てきた。嘘をつく必要がどこにあるのか。
「あぁ、やっぱりそうですか。若槻さんみたいな可憐な女性に彼氏がいないわけはないですもんね」
落胆したようにがっくりと肩を落とす野々原に、わけもなく胸がざわつく。
「では、僕はここで失礼します」
先に二十階で止まったエレベーターから降りる野々原を見送り、朋久は二十九階にある自室に戻って来た。
デスクチェアに腰を下ろし、息をつく。
朋久は物心がついたときから弁護士を目指していた。
むしろ、その道以外になかったというのが正解かもしれない。分岐点はなく、ただそれだけが長く続いていた。
不思議とそれを嫌だと反発心は芽生えなかった。おそらくそれは父親の仕事に対する姿勢を目の当たりにしてきたからなのかもしれない。
仕事に夢中になった父は、ときに家庭を顧みることが疎かになったときはたしかにある。毎晩、家族で食卓を囲めたかといったらそうではない。