S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
頭で考えるより早く口が動く。
『俺たち』
言いかけた言葉の先は、電話の着信でかき消されたが、その後に続けるはずだったのは〝付き合おうか〟という自分でも信じられない告白まがいのセリフだった。
今、なにを言おうとした?と自分で自分に焦りつつ、平静を装って彼女を先に車から降ろした。
きっと菜乃花も不審に感じただろう。
そもそも二十四歳の彼女からしたら、三十二歳の男はおじさんに分類される年齢だ。
(俺はいったいなにをやってるんだ。菜乃を女性として見るなんてあり得ない)
この感覚はきっと、妹に対する一種の独占欲だろう。いつかは自分の手元から離れていく彼女に対する執着心。長くそばにいたからこその想いだ。
恋愛感情とは違うと半ば強引に結論づけて、微かに見え隠れするべつの感情を説き伏せた。
深いため息をついたそのとき、部屋のドアがノックされる。「はい」と返事をしたら、秘書の女性が顔を覗かせた。